ショートショート 1211~1220

1211.満月の夜、今なら何処でも行けそうで、私は無人の屋上にてワルツを踊っていた。するとぽっかり空いた夜の穴から手が伸びて、足に見立てた二本指で私の目の前に立ち一礼をした。月光色の、鉱石の様な指先と手を取り私達は踊る。とても素敵な夜だったから、私は月に恋をして、飛び降りるのは止めにした。

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1212.思い出を売って宝石を買い、その思い出を買い戻す為に宝石を売って、その宝石を買い戻す為思い出を売った。買い戻す度に君の姿は擦れたテープの様にぼやけて、ただ宝石はいつもこの思い出と同じ値段だった。今日も買い戻した宝石を眺めているとうっかり落として幕が引く、二度と全ては戻らなかった。

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1213.世界中の梯子を全て繋げれば、空の星にも届くでしょうか

世界中の詩集を全て積重ねれば、夢の月にも届くでしょうか

世界中の青瓶を全て集めれば、秘密の海が出来るでしょうか

世界中の幻灯機を全て灯せば、ブリキの蛾が舞うでしょうか

後何通、渡せない恋文を机へしまえば、貴方へ想いが届くでしょうか

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1214.夜の海で釣った青い魚が捌いた途端、同じ色をした手紙になった。螺鈿色のインクで綴られたそれは誰にも届かなかったラブレターだった。それから私は誰にも言えない思いを書いて手紙にし、月が照らした道を歩いた。灯台は白い秘密の様で、流した手紙は海色に染まり、水飛沫を上げ泳いで行った。

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1215.眠る少女の様に一つ、ガラス瓶が割れていた。私はそれを持ち帰りカチリと音を立て直していく。完成した瓶はヒビの見えない程で、しかし先程までは無かった小さな古鍵が余った様に現れた。その夜私はその鍵で扉を開けていく夢を見た。目覚めると鍵も瓶も無く、掌に鍵穴の形をした痣が出来ていた。

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1216.あの日から世界は間違い続けている。隣の屋根は紫色になり、行きつけだった喫茶店は噴水に、そして君は私の恋人になっていた。知らない顔で微笑む君はまるで本物の様で、私は言えなかった愛を伝える。死んでいない君を抱きしめる。「螟ァ荳亥、ォ?」滅裂な君の声、私はこれがバグなのだと知っている。

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1217.目が覚めるとそこは病院で、鏡には君が映っていた。どうも私達は事故に遭い互いの無事な部分を継ぎ接ぎした結果、意識は私だったらしい。退院した私は難なく生活していたのだが気付けば君の好きだった珈琲が飲めるようになっていて、私はその日、空の植木鉢に君のお墓を立て、一人静かに泣いていた。

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1218.ボトルレターに返事を書く仕事をしていた少年が、ある夜とつぜん失踪した。家であった海沿いの水門の中には沢山の瓶と辞書と古い手紙と、机の上には青い瓶が一つ、そして「☽」だけが書かれた手紙が置かれていた。警察は難事件だと言っていたが、私達は三日月が寂しがりを集めている事を知っていた。

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1219.海を見に学校をさぼった私達はがらんどうの電車の中を此処だけの話で満たしていて、電車の背後ではそんな私達を置き去りにして世界の終焉が訪れていた。「宿題忘れてたな」半壊した会館、立ち入り禁止の札を超えたベランダから私達は海を眺める。過去最大に近まった満月だけが新世紀を告げていた。

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1220.二人で育てた地球が死んだ。「光が多すぎたかな」石化した地球を除き、もう一度地球を作る。水槽を洗いコアを浮かべ、アミノ酸と隕石を与える。段々成長する地球を眺めていると「暗闇が寂しくない様に」と君が白い星を入れた。旧地球を削ったものらしい。二人ぼっちの理科室、ゆっくり影が伸びていく。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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