ショートショート1221~1230

1221.月は毎年4㎝ずつ遠ざかり、あと50億年で太陽は滅ぶ。神様と見間違える程に完璧な太陽系達も約束された終わりがあって、それは今生きている私達の永遠よりも長く、宇宙のたった一瞬ぽっちの死だという事実を考えると白米は食べられ無いが、珈琲二杯分ぐらいの時間を捧げる事は出来る。午後の昼下がり。

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1222.部屋を青い瓶で埋めて海を作った。色々な青が部屋の底を照らす中、ポコンと音がしたので見ると一番端の瓶から彗星が飛び出していた。彼方で白い魚が、此方で紙飛行機が、おばけが、泡沫が、飛び出しては違う瓶へ入っていく。混ぜこぜになった空と海、一番小さな瓶を覗くと鯨が月を飲み込む所だった。

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1223.ソーダ味の夜、私達は誰にも内緒で方舟の設計図を作る。二人だけの、誰も助けず絶滅する為の船。お菓子と映画と、花弁を乾かして袋に詰めておこうか。沈没した世界への葬いに流すんだ。そしていつか月明かり色の砂浜へ辿り着くから、そこを楽園と呼ぼう。それまでに林檎の木は全部切り倒してしまおうね。

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1224.君から夜が届いた。額縁入りのそれには暗闇と、君のだった月が輝いている。縁から月へ梯子を伸ばし登っていくと、意外と小さな其処にはラジカセが一つ置いてあった。再生を押すと古い音を立て、私達が好きだったジャズが流れ出す。君と私しかいない独りぼっちの月面にて。君の、四十九日の事だった。

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1225.目覚めると頭が星になっていた。白い、星形八面体のそれは頭が在るべき所に浮き、枕元にあった鉱石が三つ程顔の周りを回っている。「主成分はケイ酸塩。恐らく金星ですね」と医者は言った。その帰り道、夕空に金星を見つけた。どうも懐かしい気もするのだが、二度と戻れない場所なのだとも知っていた。

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1226.その卵の化石には「街」が入っていた。殻の内側に添って生える色鮮やかな結晶には窓や扉が付いており、その隙間をよく見れば道や階段、植物さえも確認出来た。そして卵の、─街の空には生まれなかった胚が眠るだけで、殻を開ける前は確かにあった鼓動も喧騒も温もりも、もう其処にはいなかった。

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1227.その子は古い物が好きだった。本にレコード、映画や絵画、「作品」を蒐集しては一人住む部屋に籠り、内情は誰も知らず、クラスでも軽やかに浮いていた。その子が死んだ。何故か部屋には家具も蒐集品も無く、真白な世界に一輪の花と死体が転がっていたと言う。噂によれば、遺作だけを集めていたらしい。

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1228.月光色の夜、目を覚ますと窓の外には巨大なコンパスが踊っていた。銀色の体に月を反射させて、時々柔らかい光を街々へ投げかける。神様が設計図を書いてるらしい。窓の下では何も知らないトラックが夜を裂いていた。次の日その場所を見てみると道が変な程綺麗にカーブしてて、それはきっと、内緒の話。

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1229.「流れ星の再生ボタンが壊れていたので今宵の願いは叶いません」と半年前に届いていたEメールについて私達が出来る事はもうないんだ。曇天の下でオットセイの置物が見上げた先に果たして祈りがあったのか、メーデーメーデー、額におやすみのキスを、魔法を解かすほどの愛を、さようなら、また百年後。

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1230.海沿いを走る電車にて一人の学生が音量を間違え、イヤホンに撃ち抜かれて亡くなった。或いは自殺だった。夏の始め、海に光は踊り、遠いアナウンスと喪失は甘く満たされる。目を瞑る確かな死体は夢の中で小さな小さな葬式をあげた。燃えた自分の灰の中には、誰も知らない蛍石が一番綺麗な色をしていた。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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