1201.バラバラになった少女は神様の手術によりその綺麗な所を寄せ集め、青い石になった。「落し物が落し主とは」珍妙な事件に賑わう中、母なる海へ返すという結論が出た。少女が目を覚ますとそこは今迄にない程静かな世界だった。「きっと此処がパライソだ」眩しい程に揺らぐ月が、青い影を海底に踊らせる。
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1202.後遺症にて一日毎に記憶が消えてしまう君に私は毎回違う名前を伝え、君は毎回メモをする。変わらぬ顔で違う名前を呼ぶ君は酷く現実離れて、一つの夢の様だった。その後、回復虚しく亡くなった君の遺品整理をしていると綺麗な瓶を見つけた。中を見ると私の伝えた名前が書かれたメモが全て入っていた。
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1203.夢を見た。何もない、一番最初の海だった。紺色にぼやける先は狭い無限の様で、髪を燻らせ海底を歩いていると門を見つけた。オーギュスト・ロダンの地獄の門だった。時折扉の隙間から気泡が溢れ、上へと昇っては世界を凍らせていく。此処は確かに門の内側で、私は誰を裏切ったのか思い出せなかった。
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1204.私の夢は星空と無人駅しかない最果てにある。時々人が降りるが大概その人は迷子なので、切符を確認して正しい夢へ案内する。「やあ」とラムネを片手に君が降りた。私の名前が手書きされた君の切符は愛おしく、「いつか現実で会えるかな」そう言う君に曖昧に笑った。私はそのスマホという物を知らない。
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1205.「ちょっと持ってて」買い物中、トイレへ行った君を待つ私は受け取った物を見つめた。君の小さな鞄からは何でも出てくる。絆創膏から薬、本に着替え一式まで。似合わないサイズのフランスパンを出した時には流石に驚いた。好奇心に負け覗くと中は真っ暗で、ただ一つ、青く輝く小さな地球が回っていた。
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1206.空から花が降った。黄色い小さな花だった。見上げた其処には過去最大という満月が世界を照らしており、これは月が降らせた「左様なら」なのだと判らない人は居なかった。案の定それから月が空に昇る事は無く、「あれは花嫁飾りの様だった」と君が呟いた。私の植物図鑑の最後にはあの花が挟まれている。
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1207.レイトショーの帰り、私は知らない道へ迷い込んだ。その一本道では月光を避ける様に無言のおばけ達がカチャカチャと真夜中のお茶会を繰り広げていた。ナイフとフォークで星を食べ、私が通れば月色のカップを掲げ会釈をする。不思議に思い今日の映画チケットを見てみると一言「招待状」と書かれていた。
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1208.夜中目が覚めると、隣には銀色の梯子があった。夢から零れた様なそれを私は月へ立て掛ける。星の瞬く音を立てながら到着した月は荒野にも似て、唯一面、葉のない黄色の花が咲いていた。私は一輪摘み、降りていく。ベランダに着けばもう梯子は無く、摘んだ花は同じ色をした小さな宝石へと変わっていた。
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1209.眠れぬ夜、商店街を歩いていると「★」という看板があった。ショーウィンドウを覗くと魚の形をしたモビールが月明かりの中壁を泳ぎ、奥では汽車の玩具が、螺鈿の煙をあげ回っている。その汽車には思い出せない誰かが乗っていた。翌日お店へ向かうと其処に店は無く、古い鍵が一つ落ちているだけだった。
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1210.満月の夜、今なら何処でも行けそうで、私は無人の屋上にてワルツを踊っていた。するとぽっかり空いた夜の穴から手が伸びて、足に見立てた二本指で私の目の前に立ち一礼をした。月光色の、鉱石の様な指先と手を取り私達は踊る。とても素敵な夜だったから、私は月に恋をして、飛び降りるのは止めにした。
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