1191.三日月ペンギンと月夜に凍った街を歩いて、人間以外見る会をした。斜めに動かないブランコ、白青に照るコンクリート、完璧な影、奇妙な形の給水塔と、未だ君が眠る二階の窓。月がこの街の夜を気に入って、月光に沈め保存した日からどれ程経ったのか、時計達は安らかに午前二時だけをさしている。
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1192.水泳部の君はいつもカルキの匂いがした。その年の夏祭り、友達の輪を抜け出し学校のプールへ忍び込んだ私達は服のまま飛び込んで、白い月が包む世界は眩しい程に二人ぼっちに、遠くでは太鼓の音が響いていた。「覚えていよう」と君が呟く帰り道、口に運ぶ林檎飴の赤色は今でも私の夏に焼き付いている。
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1193.道に海老の頭が落ちていた。「もう、帰る時ですよ」と艶めく目玉が呟いた。車に轢かれた蟹がいた。「最後の姉様も亡くなりました」と弾けた泡が呟いた。空から金魚が降っていた。「あの海には誰もいない」と最期に尾鰭を振るわせた。私は彼等を土に埋め、陸にはいない神様へ、海にはない花を供えた。
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1194.金曜日、役割に消費された私達は銀河鉄道を乗り継いで、宇宙の果てのムーランルージュへ遊びに行こう。永遠の匿名者、慰めも超えた先は共鳴よりも柔らかく、存在は心地よい不確かさに委ねられる。同一の他人である誰か達。真珠色に溶け合う顔のない私達は唯、ドレスコードの青い宝石だけが輪郭になる。
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1195.最近の猫の絶滅傾向にはある「好奇心」が関係しているとの発表があった。それはウイルスの様に忍び寄り、存在に気付いた猫から捕食しているという。「好奇心の捕獲班を結成した」と瞳を輝かせる科学者を観ながら私は、成長し続けているであろう好奇心が、果たして次は何を食べるのか気になっている。
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1196.代々住み続けるこの縦に長い不器用な家には、人魚が出る。決して姿は見えないもののカーテンや障子を閉めた時にその空を漂う影だけが見えるのだ。特に月夜の、世界が青に沈む夜は、私の部屋である最上階の和室には最も綺麗に人魚の影が映し出されて、その度私は、この家の本当の主人を思い知る。
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1197.夜の融解点は午前四時にあり、夢の残香が静かな街を沈めている。遠いものから愛してしまう私はやはり何光年か先にいる君が好きで、今日も君宛のタイムカプセルを埋めていた。タルトタタンのリズムに合わせ、銀河鉄道が通り過ぎる。一番最後に残った星と朝焼けの水平線は、待ち合わせていた様だった。
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1198.帰還した地球は退廃しきり、さながら終末の様だった。君が住んでいた家も壊れて、庭には不自然にスコップが刺さっており、掘るとそこにはタイムカプセルがあった。君の字で綴られたそれは日記の様な私への手紙で、町中に点々と続き、最後の手紙の傍には月に照らされた指先の骨が一つ、私を待っていた。
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1199.気付くと林檎に矢が刺さっていた、という事は良くある事だ。矢と林檎、即ち狩る者狩られる者との戦いは700年前から続いており、一夜にして殲滅された林檎畑や、逆に弓道部の矢が全て折られ、其処には穴だらけの林檎が一つ死んでいたという事件もあったりと時代が進むに連れ自体は複雑さを増している。
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1200.傷付いた蛇を保護したが翌朝には見当たらず、その日から私の夢にはあの蛇が出る様になった。花から虫、街に人々、夜までも飲み込んで、もう私の夢には私とすっかり巨大化した蛇しかいない。私は花を一輪咲かせ、蛇は恭しく召し上がる。いずれ私も食べられるのかもしれないが、それもまた幸せだと思う。
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