ショートショート 1171~1180

1171.おかしな型をした給水塔は曇り空の下に愉快で、廃墟には頭を割られた骨格標本が倒れていた。散歩が上手な事だけが私の取り柄だったのに、全てが平行で、また私は何者にもなれなかった。時間が夜を追いやる。布団越しに聞く食器を洗う音達は実に罪悪感を刺し、今日は月光すらも私を責めにこない。

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1172.父に連れて行かれた研究室には男の人が眠っていた。硝子越しに見えるそれは標本の様で「百年後に目覚める予定だ」その言葉だけでも美しかった。それから研究者となった私はタイムマシンを作り上げた。「始めまして」あの頃は君の方が大人だったのに。核戦争にて崩壊し終えた世界に、君の瞳だけが輝く。

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1173.娘が子ケルベロスを拾ってきた。三丁目に居たらしい。食べ物を調べた所ホダックや太歳、一応シラスでも良いらしく与えると左の頭の子以外は食べていた。その後飼い主の悪魔がやってきて無事に引き取られたのだが、「私も死んだら地獄に行こうかな」折り菓子を食べる娘がとんでもない事を言い出した。

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1174.最高密度の夜、私達は特別だから迷子になろうよ。給水塔の墓場、深海に敷かれた線路、植物園の池、本に挟んだ月光と、涙の中へ身投げした君は小さなコインとなり沈んでしまった。やがて深い涙は夜空になって、コインは寂しい月となる。君と月面に二人ぼっち、私達は迷子だから、何処へでも行けるんだ。

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1175.人魚姫の泡粒の様に、夜明け前の鉄塔や、車窓から見た給水塔、屋台で買った指輪の輝き、水泳後の授業の気怠さ、夢で見た曇り空のテーマパーク、プラネタリウムの永遠、遠い星の子守唄、砂漠にある月の箱庭、アラビヤの迷宮、宇宙の果てで踊ったダンスミュージックの事も、全部全部、忘れてしまった。

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1176.眠る人の脳波を読み取りその夢を文字化出来るようになって、君は瞬く間に人気作家となった。必ず出てくる「方向音痴」が私の事だと知っているのは私だけ、という優越感は今や私を支えている。君は夢の中で私との思い出を更新させ、私は時間差で追体験する。静かな一人部屋の病室、君は未だ目覚めない。

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1177.体調2m、髪は黒く鱗は深緑、体温は33.5、鰭には返しがあり、「尾には毒もあるよ」温室中央の噴水で人魚が呑気に笑った。有毒、と書き加えた私は軍手越しに尾の棘を触る。「刺さないよ」今はまだね。もっと油断させて、確実に。彼はどんな鱗になるだろう。大好きな彼へ僕は出来るだけ優しく微笑む。

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1178.空からスーパーボールが降ってきた。所謂ファフロツキーズだ。傘を構えていたサラリーマンは呆然とし、恋人達はベランダへ並んだ。潰れた車、団地の隙間、古い工場、飛んでは跳ね、只管に何かを壊している。部屋から見たその世界はやたらと明るくて、ただ子供達だけが乗り遅れずに歓声を上げていた。

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1179.柔らかな月の夜、魚の骨達がやってきた。先日出店にて死んでいた金魚を掬い庭に埋めたのだが、その御礼がしたいという。連れられ光の中を泳いでいると次第に賛美歌が聴こえ始め、先にあったのは色の無い珊瑚で作られた教会だった。誰とも言えぬ祈りの歌が響く中、私は、確かに何かを忘れていった。

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7780.クラッカーで撃ち抜かれた私の死因は恋だった。ロックンロールと共に現れた夏は私を海へ突き落とし、地球の秘密である月長石を見せた君は全知全能の筈なのに電車の中、頭を寄せ合う寝たふりは公然だった事を骨壷の中で思い出す。銀河鉄道、私を盗んだ君は林檎になり、赤と白、私達だけの駅を目指す。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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