1151.時折君を探す夢を見る。時代背景も疎らに、相手も少年だったり少女だったり、或いは魚だったり。電話が鳴る。「すぐに行くよ、何時も君が待たすのだから偶には大目に見てくれよ」そう宥めながら宛てもなく街を、荒野を、月を駆ける。私は空間把握が高いので、死ぬ迄には君を見つけられると踏んでいる。
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1152.科学館の天窓に閉じ込められた白月が、時間から解放された様な光を無機物達に投げている。深海行の電車から見える鯨の白い骨と、シーラカンスが大切に隠しているかつて薄荷飴だった月が、1/fの揺らぎに乗せ気泡を零しており、数学者達は今夜もモノクロな数式の間を泳ぎ、宇宙の端を掴もうとしている。
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1153.いつもよく分からない中華を食べる君が今日も何かを食べていた。「縺輔≠縺ュ」と言うそれは耳馴染みまなければ読めもしない。だが次第に専門店や特集が組まれ、今や道ゆく人皆が食べている。私も食べてみようと思った翌日急にブームは過ぎ去り、潰れた店の前にて私は相変わらず読み方が解らなかった。
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1154.ワンルームの標本箱にて月光に刺し留めらた私は部屋の隅で沈黙する蝶や化石が見ている夢の熱量を感じる事すらできない。あの夏アイスの棒で作ったお墓には蟻が群がっており、その質量を伴う美しさは私の記憶に影を射し続けて、生命の傍観者でしかない私は一体いつになれば生きる事が出来るのだろうか。
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1155.落下した月の引力により、満ち潮どころか古代の海まで引き出された日曜日の午後二時半。薄荷色の空を半分覆う白い月は緩やかな崩壊の序章の様で、古代魚の透けた影や、魚の骨が目を覚ました様にコンクリートを縫っていく。私達は待ち合わせした歩道橋の真ん中で最近買ったゲームの話だけがしたかった。
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1156.その国には月も星もなく、街の真ん中にある、一粒の白星を入れた街灯だけが夜の全てだった。それは昔に王様が砂漠の商人から買ったもので、夕暮れに置いて行かれたものだという。「私は昔、願い星だった気もするけれど」私の叶える願いとは一体何だったろうか。地平線が色付いて、今日で三百年が経つ。
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1157.月の裏側で開催されたサーカスは、ステージにて金魚鉢に入った一匹の金魚が泳ぐだけだった。「君は誰の夢?」そう聞いても小さな朱色は泳ぐばかりで、鮮やかな旗に大玉や空中ブランコは揺れる事なく、しかし私は焚火でも見る様にずっと眺めていた。外には役目を終えた夢の装置が砂漠の海に眠っている。
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1158.いつか月と海が対となる日がくるから、夜の呼吸は深く、眠った街には表面張力を保つ月明かりが満ちている。コンクリートの深海魚達へ。朔望潮の夜は眠れぬ人の為にあり、溜息は泡粒と、星となり空に昇るから安心して欲しい。その時には誰よりも早く泳いで見せるから、私達以外行方不明にしてしまおう。
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1159.「本当」を独り占めする為に嘘に仕舞っていた君が、遂に本当を見失ってしまった。私は私の知りうる君を教えていく。朝起きが得意、趣味は散歩、トマトが嫌いで、君は私の事が好き。勿論最後のは嘘なのだが大目に見てほしい。私に組み立てられた君の中の大事な「本当」などは、私の嘘に絞め殺されろ。
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1160.月の海跡地にて誰かの夢から送られてきた地獄の門が建っていた。隣には真赤な林檎が一つ置いてある。時折扉の隙間から気泡が音を立て上へ上へと昇っていくので恐らく深海の夢だったのだろう。白と黒だけが制す何もないこの海にて、ここは地獄の外だったのか内側だったのか、考える人は沈黙している。
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