1141.神様のいない場所を巡る旅。林檎の裏側、素数の隙間、旧校舎のにおい、文字と人間との捻れ、教会の裏影、月の零した白い魚、暮れていく空が奏でるビートは気怠く、浮世離れした君はホログラム越しにぷかぷかと眠り、偽物らしい一番星が光る路地裏を進むと、遠い在りし日の本棚の隙間へと辿り着いた。
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1142.失くしたものを探す旅
紙を登った月の裏
失くしたものを探す旅
夜の砂漠の星の下
失くしたものを探す旅
電車を乗り継ぎ海の底
失くしたものを探す旅
迷宮の端の行き止まり
失くしたものを探す旅
古びた鍵が開ける先
失くしたものを探す旅
月光が誘う明晰夢
失くしたものを探す旅
いつか見た夢の跡地
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1143.カモメの舞う海、私は誰かに連れられフェリーの甲板へ出た。其処では海から網を引いており、中には魚に混じり、体を縮こませた白くて巨大な、宝石の様な人間がいた。やけに見覚えのある顔に私が焦りを感じていると「海はね、世界から余った魂が溶けたものなんだ」と誰かが私を撫で、寂しい声で言った。
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1144.いつか絶滅してしまう私達へ、博物館の無音と木漏れ日には熱はなく、ただ過去だけが眠っていて、それはきっと夜よりも安らかだ。いつか1は終わり、0がやってくる。独りになっても寂しくならない程の思い出を、月の探索からアラビアの迷宮、打ち上げられた瓶。そしていつか私達は深海の呼吸を思い出す。
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1145.植物園の池の中で死んでいたモンシロチョウについて、一体何を祈ればいいのだろうか。月光の満ちる部屋は懺悔室の様で、私はその光の重さに潰される事しか出来ずに居り、昔夢で見た廃テーマパークには曇天の下、ガラス製のピラミッドが沈黙して、そこは二度と行けない私の、秘密の場所となっている。
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1146.深夜散歩をしていると、空に蛸が浮いていた。今夜は水平線が無い為に空へ泳ぎ出たらしい。成る程今日は満ち潮だ。背中に乗せてもらい見渡すと他にもエイや鯨、魚が泳いでおり、それらをペンギン達が楽しそうに追い越して行く。「ペンギンは、一番空を泳ぐのが上手いんですよ」と蛸は目を優しく細めた。
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1147.春の四つ角にて、黒い服を着た子供達が飛び出した。「神様のいない所を探検するの」と泡粒の様な笑い声をあげ去っていく。子供達が出てきた先を見ると昼の街には似合わない暗さで、地面には「地獄↑」と真鍮のプレートが埋め込まれていた。
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1148.月の裏側には持ち主のいない思い出達が寂しい鉱石の様に転がっており、色とりどりの影を月面に写したまま気泡も上げず、止まり続けている。とある眠れぬ夜の事、月光が万華鏡の様にくるくると床に踊っていました。私は確かにその色達を知っているのに、縁の切れた私には、何も思い出せやしなかった。
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1149.「私は永遠なのに、私の永遠はどこにもいない」と月が泣いたので、その魚は夜を飲み込んだ。「私はこの夜を代々受け継ぎます、だから泣かないで」すっかり夜色に染まった魚はそう言って、夜の重さに耐えきれず深海へと溺れていった。だからシーラカンスの末裔達は夜になると月に向かって泳ぐのです。
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1150.君が遺したものは付箋だらけの幸福論だった。棺桶の君はすっかり夜に溶け中を満たしている。「生きたかったんだ」とばつの悪そうな声がする「でもそれは死にたくなる程大変でね」これあげる、と三日月を私に差し出した。酷く冷たいそれをあの夏一緒に海で見つけた瓶に入れ、私は君の夜へと飛び込んだ。
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