1121.ある日友人が消えていた。携帯からも名簿からも、私以外の人々の記憶からも。だから私は友人との思い出話を本にして覚えている人を探したのだが、世界中の読者の中には未だいないらしい。もうフィクションなのか思い出なのかもわからない友人についての本は、今年で友人の背丈を超す。
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1122.博物館に差す光は21gの重さがあって然るべきだ。化石らの並ぶ静けさに熱は無く、微睡みがかった室内には現実を隔て、知る事のできない夢が保存されている。それは詩の余白にも似てそこは死角で、素数で成り立つ様な呆気なさと無数があり、重力に見放された観測者の行方は、あの日差しの中にある。
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1123.この山奥の廃工場には特に事件性など無い。しかし何時からか隠れんぼをする子供の影がでる様になったという。実際影はあり、触れても透けてしまうそれは異様ではあるが怖くは無い。ただ、私がいつから焼却炉に隠れているのか、私はこの噂を一体誰から聞いたのか思い出せないでいる。
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1124.西から北へ星が流れた「今日の三日月悪戯好きで、寂しい人の落し物。東の空がお気に入り」
東の月が言う「今日の春風五月雨攫う、夜の通信者の一つ。南へ辿り着いた頃」
南の風が言う「今日の少女明星見守る、今宵彼女は目を覚ます。西の園に咲くだろう」
西には少女が立っていた
朝日を背にして立っていた
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1125.君が複数になると名詞が変わると知ったのは、実際変わってからだった。どうも騙されて売った虚像を元に量産されている様だ。街一つを埋め尽くす程に増えた君は暴動を初め、どんどんと国々を滅ぼして行った。君に紛れた君に向かい名前を叫ぶ。たった一つ上がった手を握り、私達は異星に向けて逃亡する。
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1126.氷砂糖の袋の中からペンギンが出てきた。どうも故郷の南極と間違えたらしい。「すいません、方向音痴なものでして」と笑う本人は呑気そうに日傘をくるくる回している。後日、ペンギンから荷物が届いた。美しいビーチの写真と一緒に入っていたマカダミアナッツを見る限り、南極まではまだ遠そうだ。
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1127.へんてこな夜
・砕けた月光が海に降り注ぎ、騒音被害が出ています
・流れ星の再生ボタンが壊れていたので、今宵の願いは叶いません
・透明人間が殺されたと通報が入ったが、そこには林檎があるだけだった
・信号達が点滅しながら会話する
・月「ひ、ふ、み…今夜は星が足りない。星泥棒が出た様だ」
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1128.午前零時の裁判
小鳥:悲しい悲しい物語
石像:あれは銀色の夜の事
きのこ:違うよあれは石榴の下
ラピスラズリ:薄荷色のおばけがいた
薔薇:その日のパイは上出来で
魚:あいつが川の星を取った
猫:好奇心で一突きさ
栗鼠:鈴蘭の香りがしたよ
「静粛に!」少女が言った
それで一体、誰が私を殺したの?
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1129.友人がとっくに死んでいた。
なら今連絡をしているのは誰かと言う話なのだが、思えば私達は卒業以来会って居らず、だらだらと連絡だけが続いていた。この相手は幽霊だろうか、AIだろうか、それとも赤の他人だろうか。でも友人の事だから、私を思っての事だろう。私は今日も誰か越しの友人と会話する。
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1130.月光を浴びすぎて凍死した人がいる様に、トンネル効果で世界の外へ出てしまった人がいる様に、私達は時折秩序の背中を見る。粉砂糖の寒さを知る者共よ、回転の外に、流転の傍観者、博物館に差す日差しの様に、素数の世界。世界五分前仮説、横断歩道で踊るワルツ、簡単に行方不明になってしまう様な夜。
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