ショートショート 1111~1120

1111.私と友人の記憶が欠けている事に気が付いた。フィルムを切り取った様に、そこだけ何処かに閉まった様に。「あの夜何があったのだろう」文化祭のキャンプファイヤーを抜け出した私達の行方は。鞄に入っていた「走馬灯で待ってるね」と私の字で書かれた手紙は、きっとこの事と関係しているのだと思う。

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1112.ムーンライトの照らすホームで、私は一粒息を吐く。揺らぐ空は地面を踊り、私の姿を透かしていく。幽霊の密度とは形状維持に他ならず、私は姿を忘れて、どれ程経ったろうか。右からシーラカンスが通り、文明の退廃を微笑ませる。ここにも君は居なかった。私は月を背に線路を歩む。朝の来ない地球にて。

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1113.月がこんなに明るくて、夜を紺色に照らすから、呼吸のままならん私は本当は深海魚なのではないかと疑ったのです。きっと深海には自分を深海魚だと信じる人間がいますから、私はそれと出会わなければならない。平行は混じり合い、この物語に用意された無限を探して。ぷつり、口から気泡が月へと昇る。

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1114.電信柱の上に子供がいた。何やら空へ網を伸ばしている。こつん、と足元に転がるそれはビー玉だった。「それあげます」と上から声がした。「今大きいのが取れたので」彼の手には成る程、大きな星がある。「それにしてもいい月ですねー」彼の視線を追い振り向くと、巨大な半月が空の半分を覆っていた。

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1115.スノードームにはとある雪国が入っており、夜になると灯台が暗い海を照らしていた。ある日赤く染まっていたので見ると、中で戦争が起こっていた。一夜の戦争は泣き叫ぶ私を横目に幕を閉じ、朝には煙が清々と昇っていたが、それから街も灯台も沈黙したまま、夜、月光だけが死んだ街を照らしている。

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1116.詩の取扱説明書

・幸福の観測者は余白に居ます

・飽和する夜は林檎を持って下さい

・曇の日の魂は21gではありません

・真鍮の浪漫は深海の冒険です

・少女と蛍石の関係性は薄荷色です

※過度の使用はお止め下さい

・粉砂糖は優しいですが、寂しさを集めているとされています

・同じく月光は凍死を促します

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1117.友人は隠れるのが上手だ。カーテンの影やプールの底、紅茶缶に隠れた時は暫くアールグレイの香りがしていた。今回の隠れんぼも相変わらず見つからない。ふと空から笑い声がしたので見上げると昼の月があった。「見つけた」薄荷飴に似たそれを空から奪い陽に透かすと、友人が楽しそうに手を振っていた。

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1118.友人から日に一度、電話がくる。夜の1時38分に必ず。一応どうにかならないかと色々してはみたのだ。家に行ったり解約したり説得したり捕まえたり拷問したり、犯人の首をお墓にお供えしても駄目だった。「…」今日もノイズだらけの電話が来る。いつのまにか文字化けした友人の名前が、妙に哀しい。

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1119.誠に驚くべき事に、貴方にとって都合のいい私にとって、貴方はいい人ではありませんでした。誠に下らない事に、人と言う字は人と人とが支え合っている訳では無いのです。さようなら、さようなら、はじめまして、我が友よ、親友は、自分だけでも、充分だ。

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1120.満月の夜は眠れない人の為にあり、肺に積もった粉砂糖はいずれ海を作るだろう。シーラカンスの白月は今尚溶けず、三半規管を塞いだ少女の浮遊感は血液と海との同一性に関するだろう。砂糖の白さと月の温度は同じで、哀れみの側にある。飽和した寂しい人達から落ちた白い三日月を拾う、夜の観測者へ。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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