ショートショート 1101~1110

1101.月光、水面の影、粉砂糖、平等なものをあげていく。君の言う親友とは君の人生の役振りであって、それに気付くのはとても怖い事だって、君によく似る私は知っている。午前四時、呼吸、市民プール、平等なものをあげていく。旅に出よう、私が無価値だと示す為の旅を。私は顔も無く四捨五入に消えていく。

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1102.宇宙が無限だと証明され、即ち自分と同じ存在が無数にいるという事で、「私は一人だけで充分だなあ」と僕の静止も虚しく完全武装した彼女は飛び乗った。向かう先は彼女達が殺し合いに待ち合わせしたある星だ。

拝啓無数の僕へ、僕達が彼女を止めるんだ。二人きりのロケットの中、生存戦略が行き違う。

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1103.月の裏側で開催されたサーカスは、一匹の金魚が金魚鉢で泳ぐだけだった。月光を食べ過ぎた優しい海月は、蜂蜜酒入りの瓶となり今も海底で光っている。三日月は女神の寝台で、どこかの骨董店の引き出しに仕舞われている。月には寂しいものたちの帰る場所だから、きっと居なくなったあの子も月にいる。

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1104.笑いながら寂しいと言う人だった。それは最早欠陥とも言うべきで、人間が古来受け継いできた愛情表現ぽっちでは到底敵わないものだった。秋になると思い出す、随分と前に打ったまま送信できないメールが、温度を保ったまま月の様に優しく針を止めて、私はキーホルダーの片割を何時迄も付けている。

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1105.君があまりにも静かに泣くから、季節が冬なのだと気が付いた。こんな花もない所で泣いてはいけない、私は今でも君宛に手紙を書いているのだけど読んでもらえる訳もなく、溜まっていく一方だ。寒いのは良くないよ、冷えたであろう君を背後から抱き締めるも、私の体は途方もなく透けている。

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1106.満月が一等白く特別だったので月見に行くと、ある廃アパートの二階から友人が私を呼んだ。部屋の中には苔が生し、成る程、窓一杯に月が見える。友人を探すと下の自動販売機の上に座っていた。降りると今度は屋根の上で月見団子を食べながら私に手を振っており、そこで目が覚めた。今日は友人の命日だ。

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1107.占いによると私と友人は前世で敵同士だったらしい。しかも前々世では来世を誓った恋人同士、その前はまた敵で、恋人で、と交互に愛し憎みを繰り返している様だ。なら今回は恋人か、と思っていると「連鎖を断ち切らねば」と友情を固く誓われてしまった。そんな優しい君も好きで、甘い鈍痛が胸に走る。

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1108.シーラカンスの深海に、何かが一つ落っこちた。真珠より透明で、泡粒より冷たいそれは海底に着地した。「これは噂の月やも知れん」淡い光を灯すそれは深海の何よりも美しい。「しかし誰の月だろう」

その月とは少女が落とした寂しい薄荷飴だったのですが、今尚溶けないのは誰かの月になれたからです。

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1109.花の香る夜だった。繊月の数センチ切った夜から差す光は柔らかく、誰もいない遊園地を小学生の様に駆け巡り、出鱈目なワルツを踊った。そして壊れた温室にて、ガスマスクを脱ぎ捨てた僕達は、悴む手を握りながら走馬灯の為に思い出話をする。

花の香る夜だった。死ぬのにはもってこいの夜だった。

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1110.「それ、幾らですか?」私が彼女を埋めるのを見た其奴は、奇妙にもそんな言葉をかけてきた。本物だぞ、と言っても同じ調子で聞いてくる。タダでいいと答えると男は彼女を引き摺り、消えていった。後日街で彼女とすれ違った。驚いて声をかけるも微笑むのみで、よく見ると目玉が硝子になっていた。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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