1091.月光色の砂漠、或いは砂時計の中にて私は待っている。頭上にはシリウスが鳴り響く。小舟が砂上に線を描きながら此方へ来た。白い棺桶に似たそれを私はトンと押し返し、遠くなるのを眺めている。──あれは私の死神だ。一番優しい死神だ。君が世界を壊してからどれ程経ったのか、私はもう覚えていない。
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1092.真っ白なダンスフロアにて。
古いダンスミュージックとミラーボールが辺りを照らす。サングラス姿の乙女はこんな時間に甘いクリームソーダを飲んでしまうこの夜に満足している。隣の満月は澄まし顔で自転し、机にはイカした達磨と林檎が鎮座する。
一人と三つの世界にて。
もう待つのは辞めたのだ。
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1093.幸せになりたくない時期がある。それは不意に訪れる秋の様で、私は奥底で、私が疎ましくて仕方がないのだと思う。そんな時は自分に小さな罰を与える。空腹を放ったり、寒さを感じたり、眠るのをやめたり。何れそんな気も治ったら少し贅沢なおやつを食べる。私は私が好きだから、私と仲良くしたいのだ。
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1094.その人は海の絵を持っていた。「故郷の海です」その横顔は雪国らしいその海のもっと遠くを眺めていた。ある日紅茶を持って部屋を訪ねると鍵が開いていた。机にはその日までの宿泊料と、あの海の絵からとぷんと水しぶきが上がり、其れっきり。その絵は今でも暖炉の傍にある。少しでも暖かくある様に。
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1095.友人が三月を越せなかった。大丈夫大丈夫、と笑う友人は体がぶれたりスタックしたりと次第に症状が酷くなってきて、ある日友人が学校へ来なくなり、家へ行くとベットに404 not foundとなった友人が横たわっていた。私は慣れた手順で復元する。所々記憶を失った友人は、なのに今回も彼に恋をした。
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1096.友人が念願叶って宝石になった。分かりやすく綺麗なこれはルビーだろうか。私はそれを腕に抱え自宅へ戻った。紅茶を出して椅子に座らせ、私は向かいで本を読む。そんな生活が一年程続いたある日、友人が元に戻った。「気は済んだかい?」と聞くと『捨てられる紅茶が可哀想だから』と冷めた紅茶を口にした。
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1097.巨大化した君が、太陽系の一つになってどれ程経っただろう。会うには一週間の旅路だ。今や新しい星として背中には生物が暮らしている君は、胎児の様に丸まり眠っている。薄く開いた口へ君が好きなわたぱちを入れ、一緒に食べる。私の口からは星の瞬く音がして、ヘルメット越しのキスはこんなにも遠い。
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1098.私がありふれた世界にて、君は私を殺していた。右を見ても左を見ても私がおり、何方の私も殺される。「本物は一人でいい」とスムーズに私を解体する君を信頼しているが、私達は意識を共有しているのでそもそも最初はいても本物は無く、同時に私は何度も君に殺されているが、これは私達の秘密である。
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1099.友人が亡くなった。自殺かは不明だが、死因は海老の尻尾の過剰摂取だった。その日から夢に人魚になった友人が現れる。「君の夢は広くていいね」と水族館の硝子越しに手を振って、私達は思い出と近況と、死以外の話をする。この夢を見た後に何故か必ず涙が出るのだが、きっと水槽から溢れたのだと思う。
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1100.月光、水面の影、粉砂糖、平等なものをあげていく。君の言う親友とは君の人生の役振りであって、それに気付くのはとても怖い事だって、君によく似る私は知っている。午前四時、呼吸、市民プール、平等なものをあげていく。旅に出よう、私が無価値だと示す為の旅を。私は顔も無く四捨五入に消えていく。
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