ショートショート 1071~1080

1071.君が歩く。本屋が美容室になり公園がビルになり、どんどんと道が変わっていく。

君が地図を回す。方位磁石が明後日を向き、太陽の位置がずれていく。

君の手を引き歩いて行く。本屋、公園、交差点、目的地は目の前だ。「流石だね」と呑気に笑う君が、家のトイレに行くだけで迷子になる理由を痛感した。

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1072.科学館の閉館時間は過ぎ、起きた時には館内に一人だった。巨大振り子や木製時計を抜けると昼に無かったダイヤル式電話が月光を浴びている。0の場所に三日月印が施され、それ以外は真黒だ。回し、受話器から聞こえたのはプラネタリウムの解説で、『月をご覧下さい』窓の外、月を遮り白鯨が泳いでいた。

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1073.満月の夜でおびき寄せ、泣いている子を捕らえます

蛍石を地面に置き並べ、独りぼっちを捕らえます

誕生日ケーキで誘い出し、寂しがり屋を捕らえます

ホットココアを設置して、置いてきぼりを捕らえます

こうして捕らえた世界の余り者達を、小さな楽園に放り込み、悲しい箱庭を作りましょう

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1074.涙は一番小さな海で、

海は一番大きな棺です。

詩は一番小さな孤独で、

月は一番大きな瞞しです。

夜は一番小さな砂漠で、

星は一番大きなラムネです。

石は一番小さな眠りで、

夢は一番大きな鏡です。

恋は一番小さな致命傷で、

死は一番大きな句点です。

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1075.「どうも自由運動により有るべき所へ浮かびに行くらしい」古い物理に従い逆様に浮かぶ友人は浮世離れに私の手からも離れそうで、春休みの麗かさが恨めしい。課題はどうするんだ、積読は、『一緒に新作ゲームをやる約束は!』その途端友人は私の上へ落ちてきた。「君は圧が凄いな」友人は困った様に笑っていた。

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1076.友人が衝動買いした琥珀に入った蜥蜴は、どう見ても私の前世の体であった。掌程の大きさで尻尾を抱え眠る私が見ている夢はとっくに覚めている筈なのに、体だけは今尚眠っているのはどうも不思議な気持ちだ。今日も友人はうっとりと琥珀を磨いている。私は奇妙な嫉妬と優越を胸にそんな姿を眺めている。

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1077.少女が落ちてきたので誰か拾いに来るだろうと待っていたのだが一向に誰も来やしない。

「貴女は誰の落し物かしら」今日も彼女を椅子に置き、お茶会を開く。

海底に響く心音は愛おしく、水面へ上る涙は宝石の様で、「私なら貴女を落っことしたりしないのに」。私は彼女の声も目の色も知らないでいる。

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1078.「私の写真、図工の作品、パソコンのデータ、同じ言葉が並ぶ寄せ書き、マグカップ、折り手紙、幼稚園の頃の鞄、記念品、携帯電話、SNS、シール帳達の火葬が終了致しました。逃避行は本日零時の夜行列車にて内密に。

さようなら、後髪は切りました。さようなら、どうぞ皆さん勝手にお元気で」

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1079.夜を使い果たした私達は上も下もない白い空間を歩いていた。「バグの一種だね」と友人は言った。暫く歩くと何か見えたので近寄ると光の切れた一等星だった。振ると涼しい音がする。「ここは夜の舞台裏の様だ」拾っては星達を抱え歩く友人が嬉しそうだったので、先程下に見えたEXITは無視する事にした。

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1080.夜の海にて散歩をする。黒と銀色の輪郭だけの世界はオニキスで作られた様だ。浜辺に打ち上げられた分厚いガラス瓶を拾い上げ、覗くと中には一番星が入っていた。夜の銀を詰めた様なその輝きに「吸い込まれそう」と目を細める君は子供の様で、後日君は本当に瓶の中へ入り込むのだけどそれはまた別の話。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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