ショートショート 1061~1070

1061.気付くと僕は機関車にいた。深夜だろうか、青く光る車内には僕一人で、チカチカと影と月光が行き違う。窓の外には大きな白い魚が泳いでいた。どうやら此処は海の底で、魚に反射した光が車内を照らしている。

目覚めると倉の中で私は古い機関車の玩具を握っていた。中には白い金平糖が5粒、光っていた。

・・・

1062.氷の融点は0°

飴玉の融点は180°

銀の融点は962°

南極石の融点は25°

チョコレートの融点は28°

口紅の融点は37°

少女の融点はきっと人肌より低く

花の融点は恋心程

月に熱は伝わらず

おばけは悪戯に逃げてゆく

そんな事は書いてあるのに

寂しさが涙と溶けだす融点は

ついに見つかる事はなかった

・・・

1063.乙女の死因

募った恋に押し潰されて

嫉妬が首に絡まって

恋と友人の振り子に当たって

隠した恋が腫瘍となって

午前四時の過剰摂取にて

寂しさに凍えてしまって

口移しの毒林檎によって

思わぬ恋に足を取られて

蝶を追って夢へ囚われて

この世の全てに迷子になって

噂話の伝染病で

鈍感の副作用にて

・・・

1064.小さな自殺

自分の涙へ身投げする

毒林檎に口付ける

観葉植物と心中する

1=0を証明する

夜を一瓶飲み干す

鈍いハサミで髪を切る

自分の姿をすっかり忘れる

薄荷ラムネの過剰摂取

春のキャベツ畑で眠る

月光の致死量を超す

思い出をゆっくり壊す

独り葬式ごっこをする

作品を作る

・・・

1064.月生まれの君は酷く軽かった。生まれついた重力の違いらしい。ある春の午後、突風が吹いた。あっと言う間に桜も君も巻き上がる。私は飛び上がり、手を掴んだ。

それから強風の日は手を繋ぐ。「仕方ない事だ」と私は言うが、わざと風の強い日を選んで遊びに誘っているのは、きっと公然の秘密だろう。

・・・

1065.夜、海で拾った巻貝が光り出したので中を探ると、小さな月が転がり出た。それは随分古い様で、海水で研磨され透けており、ウレキサイトの様だった。夜に反応した青い光は普通の月よりも鋭い。『……』何か月光が喋った気がした。『……』泡粒の様な言葉は寂しい程に遠く、私は頷く事しか出来なかった。

・・・

1066.少女は神ではありません

林檎です

林檎は少女ではありません

罪です

罪は林檎ではありません

粉砂糖です

粉砂糖は罪ではありません

余白です

余白は粉砂糖ではありません

少女です

少女は余白ではありません

神です

神は少女ではありません

ただの小さな人工物です

・・・

1067.「とある少女が死んで、親友だった大蛇がその死体を飲み込んだんだ。その後大蛇は何も食べずに死んでしまい、後には大蛇の骨と、その肋骨に守られる様に少女の骨が残るだけだった。」白い病室にて、友人がそんな話をした。「大丈夫、一人にしないよ」君は寂しがりだから。眠る友人の指は随分細かった。

・・・

1068.モグラの商人が家に来た。「これは一級品ですよォ」と鞄から出したのは、薄荷色に透けるドングリだった。

『素敵だ』『綺麗だ』家に遊びにきた山猫や狸に見せると、皆口々にこの宝石を褒めてくれるのは少し気持ちがいいものだ。僕が交換した三つの万華鏡も、きっと誰かの宝物になっているのだろう。

・・・

1069.凍え死んでしまいたい夜には三日月印の薄荷ラムネを食べる。世界は何処までも独りで、私に愛される程の価値はない。涙だけは無意味な熱を帯びている。君の事があまり好きではないと気付いたけれど、きっと君の葬式では泣いてしまうのだろう。私の主導権は誰なのだろうか。月が鳴る夜。空が白ずむ。

・・・

1070.私を構成している原子が分解された時、魂はどうなるのでしょうか。シャボン玉が弾ける様に、桜が舞っていく様に。分解された私の原子は何処までが私なのでしょうか。撃ち抜かれ使えなくなった頭はもう必要ない。四捨五入して、私をゼロにしようか。蚊帳の外の重力はきっと軽い。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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