1021.君は無声音で作られた名前に相応しく、詩の余白や、香水瓶の残り香のような人だった。葬儀終わりの曇天の中、どうも君に会いたくなって真新しい骨壷を開けると、中に骨は無く、君に似つかない真っ赤な真っ赤なルビーが入っていた。
私の言う君とは一体誰の事だったのだろう。二度と会えない。
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1022.ラブラドライトに似た深夜の街は全てが他人事の様で、夜に沈んだネオンは屈折し私を映さない。路地裏の安寧、長方形の月光は撫でる様に冷ややかだ。午前4時の交差点にて踊るワルツはまるで神様になった様で、螺旋の響きはいつかまた出会えるだろう。置いていかれた白星が瞬いた。ほら、夜が明けるよ。
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1023.水溜りに映る満月がどうしても偽物に見えなかったので拾い上げてみると、やはりそれは本物であった。誰かの落し物だろうか。その時アスファルトを照らす月光が輪を描いて揺らぎ、無音の波を作り上げた。空を見上げるとやけに眩しい満月が千切れ、揺蕩いながらまた丸へと戻るところであった。
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1024.プラネタリウムを切ると中から偽物の夜が溢れ出したので若い恋人達に配ってゆく。私の夜空は圧縮され、今では暗闇に小さなラピスラズリが一つ浮くだけだ。ラビリンスの案内係の男は私の月にいた兎だったが、彼以上に安心できる相手もいない。彼の胸ポケットにある懐中時計は、かつては私の月だった。
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1025.メスで少女を切り開き、砂糖と薬草と古い素敵な物を摘出していくと、奥には海が広がっていた。そこに泳いでいるのは少女自身で、この海は彼女の夢だと気付いた。「これを私に」、体から伸びるように出された手から涙程の真珠が渡された。目を覚ました彼女は真珠に微笑む。失恋の手術は成功したようだ。
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1026.少女の中には何がある?
飴と薬草と、小さな涙
少年の中には何がある?
蛙と子犬と、銀色喇叭
詩人の中には何がある?
傘と余白と、遠い残り香
旅人の中には何がある?
雪と星座と、偽物の地図
博士の中には何がある?
夢と白紙と、見えない鍵
神様の中には何がある?
海と時間と、小さな宇宙
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1027.少女の中身を並べます
『砂糖一袋、スパイス三杯、苺味ばかりのドロップ缶、涙程の海、銀色のお魚、指輪にしたお月様、誰もいない猛獣館、水死した蝶々、蛍石の瓶詰め、余白ばかりが集う砂漠、古ぼけた蓄音器、固いプリンの思い出、割れたプラネタリウム、並べたつもりで私の中を彷徨う貴方』
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1028.少年の中身を並べます
『蛙が五匹、カタツムリが三匹、薄荷色をした夏の化石、小匙一杯のソナタ、星座の骨格標本、水平線、ブリキの蛾、アイスの棒で作ったお墓、片方だけのソックスサスペンダー、白光る夜の砂浜、古い巻鍵、胸ポケットの満月、一番美しい残酷、さよなら、それはブラックホールです』
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1029.リサイクルショップの前に「新商品」と売り出されたマネキンが、昨日どこかに消えてしまった遺体と同じ服を着ている。
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1030.海の中は極彩色であった。夢に溶け合うような青の美しさ、桃色の珊瑚礁や輝く翡翠、画家が開いたパレットのような魚達。ふと水面を見上げると、銀色の丸が浮かんでいた。それは図鑑で見た満月で、嗚呼ここにあったのか。母に教えたかった。星のない町の黒い黒い海にて、飛沫が上がり其れっ切り。
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