1011.月光の過剰摂取により少女は眠り込み、次に目覚めた時には白い魚になっていた。埃まみれの部屋を見渡すと見た事のない、美しい金魚鉢があったのでするりと入った。暖かなそれはとても懐かしい気がする。(私は何を思い出そうか)その金魚鉢は目覚めぬ少女を憐んで泣き続けた、少年の成れの果てだった。
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1012.20世紀に取り残された私達は残像ばかりが張り付く街にて浮かんでいる。ラジオに遺言を残した潜水艦が青い瓶の底から持ってきた物は一番古い魔法の成れの果てだった。とっくの昔に世界は終末を迎えていて、最終決戦の行方を知らないのは人類だけです。それでも、私の流星の行く末は全て君の幸福にある。
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1013.どうか幸せになってください。私の嫉妬はなんの君と関係あろうか。どうか幸せになってください。きっと握り潰した気持ちははいつか一番美しい宝石になって、人々を魅了させて見せましょう。ただその時に、その乱反射する光がほんの一瞬君の瞳に入ったならば、それだけで私は十分です。
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1014.夏が来るまであと5週間、博物館に行くまであと4日、迷子になるまであと3時間、見つけてくれるまであと2分、隕石が降り注ぐまであと一瞬、私が火星人に生まれ変わるまであと00分、君が彗星に生まれ変わるまであと00分、死ぬまであと00分、恐竜の誕生まであと一億年、私達が同じ星で出会うまで、あと──
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1015.鬼灯に耳を澄ますと祭囃子の音が聞こえた。笛と太鼓と人々の騒めき、目を閉じれば光と匂いも、出店、人混み、知らない神社、あの鳥居の奥は、「だめだよ」突然音に混じり少女の声がはっきりと聞こえた。驚き鬼灯を落とすとパリンと音がし、中から炎の様に輝く赤い液体が流れ出した。
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1016.『三日月印のシガレット』
夜がしまい忘れた月を集めた煙草。火をつけると線香花火に似た良い音を立てます。薄荷味の煙を吸えば体の、心の、もっとも冷えた所を溶かし、涙として排出させます。
健康にシガレット。副作用は使い過ぎると段々と月が大きくなる事です。
私はもう、空の色を思い出せない。
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1017.愛する花が枯れた時には
土に埋めねばなりません
そうして墓を建ててやり
残った香を愛しませう
愛する月が割れた時には
金を継がねばなりません
そうして傷を撫でてやり
箱に閉まって愛しませう
愛する海が果てた時には
泣いてやらねばなりません
そうして鉢に溜めてやり
これを我が子と愛しませう
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1018.小さじ一杯の海と涙、
どちらの方が塩辛い?
小さじ一杯の恋と水銀、
どちらの方がほろ苦い?
小さじ一杯の月と砂漠、
どちらの方が独りきり?
小さじ一杯の詩と余白、
どちらの方が高く浮く?
小さじ一杯の星と炭酸、
どちらの方がすぐ消える?
小さじ一杯の花と君、
どちらの方が生きている?
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1019.彼女は量産型だ。街を歩けば彼女と同じ顔が溢れている。そんな彼女が死んでしまった。交通事故であった。最期彼女は僕の耳に口を寄せ、「」
彼女の顔も声も、この世界に満ち溢れ、日常に押し流されてしまった。だが彼女が最期に教えてくれた製造番号だけが、今も僕の奥底で美しく響き渡っている。
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1020.青い深海に沈むオルガンに少女の幽霊が指を置くと、音を包んだ泡粒がコポリと上へ登って行った。いつの間にか魚や蛸、海月に鮫が集まっており、昔習ったワルツは気に入っていた事に今更ながら気付いた。揺れる日を浴びたオルガンは、どこか時間を知らない様で、泡粒の演奏会は日暮れまで続いていった。
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