1001.本に挟めた月光は、いつの間にか白い蝶となり今日の月へと羽ばたいた。翌朝庭を見てみると季節外れのモンシロチョウがブリキのバケツに身を浮かべ、其れっ切り。この蝶は自分の月へと帰れたのか知ら。それとも会えぬ月との心中か知ら。風に吹かれる水面は、覚めぬよう、慎重にみる夢によく似ていた。
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1002.「空に宝石を浮かべて見せましょう」ある手品師が神様の面前でハンカチを一振りすると、空に一等綺麗な石が現れた。その美しさたるや!次々と神様が我が物にしようと手を伸ばし、落ちて行った。気付けば神殿には神様も手品師も居なくなり、ただ誰も届かぬ宝石だけが今もある。故に月とは瞞しなのです。
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1003.恋煩いの満月は、瞳の色を夢に見る
恋煩いの蝋燭は、唇の熱に焦がれてる
恋煩いの水晶は、己の未来を隠し見る
恋煩いの彗星は、次の周期を思ってる
恋煩いの茶梅は、蕾の内に秘めている
恋煩いの水銀は、指の温度に憧れる
恋煩いの氷山は、青の気泡を掻き回す
恋煩いの太陽は、夢の旅路を祈ってる
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1004.学校の小さな箱庭にて少女が行方不明になった。「何処其処彼処」二十四人のクラスメイトが石の裏や兎のお腹、池の底を探していく。『見つけたわ!』一人の生徒が薔薇の蕾に手を入れて、少女を引きずり出した。「如何してもあの子が欲しかったの」蕾は呟き、眠る少女の掌に真珠を置いて枯れていった。
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1005.アンモライトの割れた口から勿忘草が咲きました
「耳を澄ますと、花弁から波の音が聴こえます」
ラピスラズリの割れた口から金木犀が咲きました
「ある夜銀の小鳥が、咥えていって星に香りをつけました」
シナバーの割れた口から鈴蘭の花が咲きました
「誰か死ぬ度鳴る鈴は、優しさを知っています」
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1006.致死量について
辰砂はキス一つ分
月光は薄荷飴三つ半
蛍石は夕空を棺桶一杯
幸福は無くし物の半分
紅茶はあのお話が終わる迄
月は来年の金貨二枚分
夢は零した牛乳の測った長さ
桜は瞬き三回
涙は思い出一人分
星はスパイス少女分
猫は寿命きっかり
夜は等身大一つ分
愛は辰砂二つ分
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1007.夜、薄荷色の街を散歩していると、小さな銀の喇叭を拾った。ぷ、ぷ、と吹くと何やら涼しい気持ちになり、見れば空一面炭酸水のような星空が光っていた。チカリと震えた喇叭から星が飛び出す。そうして空が埋め尽くされた頃、目を覚ました。ポケットを見ると見た事のない銀のコインが一枚入っていた。
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1008.壊れた宇宙船にて、私達は二人ぼっちになった。寂しがらない様に話しかけねば、死なない様にご飯を作り、温度を管理して、掃除をして、「ねえ」『何でしょうか?』「…いつも有難う」『そんな、当然です』彼は笑った顔をし、お風呂へ行った。後でブラッシングをしてあげよう。人間の世話は順調だ。
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1009.星の致死量を越した少年は
ラピスラズリになりました
夢の致死量を越した蝶々は
ブリキの喇叭になりました
夜の致死量を越した海月は
金の蜂蜜酒になりました
海の致死量を越した姉妹は
一つの蛍石になりました
月の致死量を越した少女は
白い魚になりました
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1010.月面にて少年が行方不明になった。
地球程の大きさも隠れ場所も数える程しかないこの場所でどれだけ探しても少年は見つからなかった。それから一年後、突然彼から受信があった。「僕は元気だ」後ろから女の笑い声がする。「ここには海がある、皆も早く」その言葉を最後に連絡は途絶えてしまった。
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