861.「いつか助けて頂いた狸です」
私にそんな覚えはない。
そう言う前にぞろり家へ潜り込んだ狸達は、早速と宴会の準備をしだした。
それからは早かった
本物ですよと出された酒は絶品で、余興の化けは前代未聞だ。
明け方、酔う頭で狸達を見送る中、「いい宴会場が見つかりましたね」と笑う狸の声がした。
・・・
862.「寂しさとは何だ?」スフィンクスが問うた。孤独と答えると違うという。正解するまで離れないと私についてきた。家から学校、お風呂の時まで、私をずっと悩ませる。
『結局わからなかったよ』
臨終の間際、私はそう謝った。
「成る程、これが答えか」
誰もいない部屋、スフィンクスの声だけが響いた。
・・・
863.夕空に置いて行かれた白星は、浜辺に濡れる柔らかな小石によく似ていて、昼の陽ばかりを浴びた所為か、夜に合ったどの星よりも寂しげだ。日差しの中でうたた寝する、喪服姿の孤児の夢。あの星は何処かの誰かで、ただ連絡手段が無いのだ。星の瞬きはモールス信号で、だが光の速さは地球の手に少し余る。
・・・
864.割れた蛋白石に入っていたのは一輪の小さな花で、きっとそれは大切な人から埋葬の時に貰ったのでしょう。それは無影灯に映った影のように手が届かない場所の話で、何千年もの遠回りに最終章を、無意識下の世界に祝福を、そこがせめて、この世界の神様が作用する所でありますように。
・・・
865.公園にて、ぽつねんと穴あきの傘が置いてあった。「おや、最近は晴れ続きだったのに」。渡り傘だろうか、ポケットを探ると、いつか貰ったシールが出てきたので、その中で一等可愛いお花で穴を塞いでやった。
その途端、傘は飛び上がり、くるりと嬉しそうに空へと舞い上がって行った。そんな秋空。
・・・
866.その魔女の耳には、蝶の魂を閉じ込めた硝子が下がっていた。「蝶は小さいから、まだこの中が無限だと思っているのよ」
─貴方は何が欲しい?
─僕は、自分が入る程の海が欲しい。
それから魔女の陳列棚には、雪国の青色をした丸い瑪瑙が置いてある。その中には海の棺を願った少年がずっと漂っている。
・・・
867.イタリアの海の空に浮かぶ蜃気楼と現れた船は、木製で帆が沢山ある不可思議なものであった。チカ、チカ、と船から輝くものがあったので双眼鏡を覗くと、いつか離れ離れになった友人である。彼はぐぅと身を逸らし、何かを投げた。ぽんと僕の胸に飛び込んだのは、いつか見せてくれた宝物の琥珀であった。
・・・
868.ある男が月を盗んだ。
その為に夜は全くの闇となり、夜な夜な光る男の部屋の窓は直ぐに怪しいと睨まれた。
「月泥棒!」叩かれる扉を背に、泣きながら宝箱を開いてみると、そこには月にそっくりな真珠が一粒ころりと此方を見ていた。
その日から夜は元に戻ったが、愛していたのは男だけだったろうか。
・・・
869.「一夜一夜に人見頃」と何処かの数字が歌った夜に世界が動き出したのは明確で、その頃から神様の声はピタリと止んだ。文字を頂いたのはいつだったか、あの頃は空が近く、星の音を聴いていたのに。紐解かれた鉱石、私達に残った神秘は天体と海に限られた。全てを解き明かした時、神は死ぬのだろうか。
・・・
870.「うーむ、やはり毒にも薬にもならない男だったな」
昔、ミイラは万能薬として扱われていたのに。
そう言って僕は粉々になったソイツを文字通り掃き捨てたのだった。
0コメント