751.窓の外、近くから秋祭のお囃子の音が聞こえる。音は小さく、見渡していると一つ蝉の抜け殻を見つけた。耳を傾けるとお囃子はその割れ目から聞こえていた。仄かに光り、ぱちぱちと提灯が揺れる様だ。
「この蝉は、秋を楽しみにしていたのだな」
夕風吹くベランダにて、抜け殻と共に陽を見送る。
・・・
752.君の方向音痴に従って、僕達迷子になろう。君は道を、景色を、標識を縫い合わせていく。季節から、海底から、遊園地から、最果てから。これは君と歩んでしか見られない世界だと僕は十二分に知っているのは内緒の話で、僕は常に分岐点を覚えておくから、君が困ったら任せてね。君には自由がよく似合う。
・・・
753.「死んだら私達、どうしたって二次元下になるのよ。写真か文字か、私がダイヤの指輪になったら、貴方気付かないでしょう?私が幽霊になったら、貴方怖がるでしょう?日記を書けば等身大の私になるかしら?それなら物語を書きましょう。等身大の私を隠した、寂しがりの貴方だけにわかる恋文です」
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754.「その心霊写真は本物ですね」と狸が言った。
「だってそれ、僕ですもの」
「僕らは本物に化けるんです。でもそのまま混乱して忘れ、本当の本物になっちゃう奴もいるんです。
…ねえ、」
風が上がる中、必死に幼少期を思い出そうとする
─貴方は本当に人ですか?
狸の目が夕影に僕を刺した
・・・
755.紙吹雪が舞う
パレードがやってきたのだ
火を回す男に軟体と踊る女
道化の肩に座る少女は変面を回す
二体の象は煌びやかに
何処からか伸びるブランコは高く
少年は一つの恐れも知らない
さようなら、さようなら
遠い彼らの背を見る私
紙吹雪だけが現実だ
・・・
756.流れ着いた瓶の中には、白いデンドライトの水晶が入っていました。
「どうやって入れたのかしらん」
水晶は大きく、到底瓶には入りません。翳すと結晶の中に指輪があるのが見えました。
心を遠くに閉まった白に、そろり這う黒はまるで手紙の様で、その時私は知ったのです。
「これは悲しい手紙の石だ」
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757.月白の温もりは胸の奥を膨らませる。
溺れた時の緊張感に似たそれは、甘い興奮を呼び覚まし、悪戯な、夜更かしへと誘うのだ。神秘へ声の届きそうな輝きは、幼子のブランケットによく似ており、これは子守唄か。
神の居場所は均等に溶け、夜更かし者に覆い被さる。「もう寝なさい、私達が目を覚ます」
・・・
758.巨大なペンギンが現れた。
東京タワー程である。
確かに今年の冬は寒い。異常気象が産んだ幻覚か、目を瞑り足元に卵を温めている姿はどうも癒される。
ある日ペンギンが目を開けた。
遂に卵が割れたのだ。
その途端、巨大ペンギンも卵も夢の様に消え、その下には一輪のチューリップが咲いていた。
・・・
759.海に零した涙は蛍石になりました。
はらはらと、海に沈んだテトラポットに引っ掛かり、昼の日差しに撫でられて、波の温もりに抱きしめられて、夜の暗夜に身をゆだね、月の光に揺れられて、そうして少しずつ、少しずつ、蛍石は削れて消えてゆきました。
誰も知らない蛍石、海たちだけが知っている。
・・・
760.ビスマスの幾何学模様に迷い込んだ少女は彷徨っていた。希望色によく似た輝きは道標と思いきや、今や混沌と虹色になり、四方八方へ指を差す。
曲がり角に次ぐ曲がり角。
これが世に聞く輪廻やも、と組んだ指に仰ぎ見る空。「誰か助けに来ないかしらん」。印と落とす赤い花は、やがて何かを紡いでゆく。
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