711.それは救えぬ程愚かで浅ましいので殴って頭陀袋にいれ鍵をかけ、二度と思い出さぬ様埋める為、深い穴を掘った。
恨み込め掘り進め、気付くと私も出られぬ程深くなり「これは無意識下の心中だった」と知った。
頭陀袋に問う。「君はそんなに尊いのかい?答えてくれよ、恋心」
表面の私が遠くで笑った。
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712.その届いたDVDには少女の成長記録が写っていた。だがどれも角度が悪く、隠し撮りしている様だ。
赤ちゃんは低学年程になり、公園で遊ぶ後ろ姿が映った所で飽きた私は再生を止めた。
「パパ!」
十年後、これはデジャヴではない。
急いで抱きしめ娘の背後を睨んだが、静かな広場があるだけだった
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713.「貴方の博物館」と書かれた会館へ行くと、真ん中の吹き抜けに首長竜の化石が展示されていた。三葉虫、オパール、押し花、ドードー、成人男性、トカゲ、男児、老婆…螺旋階段を上る。
最後の展示は「現世」と書かれた鏡があった。いつのまにか側にある首長の頭は月光に暮れ、待ち合わせた様だった。
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714.夜道にて月影が落ちていた。
青入りの白緑に、三日月の黒い影が寝ていたのだ。すると其処から得も言えぬ香りがし、影の中に白い花が咲き出した。そうして影から溢れ、一輪、博愛な月によく似た花が咲いた。
ふと気付くともう其処には何もなく、覚えの無い、腕に抱いた月下美人が此方を見上げていた。
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715.「娘達が、猫を引っ張りあってしまって、それで…」
そう言い淀む友人のリビングには、2m程に伸びた猫がとぐろを巻いて眠っていた。
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716.少女が形而下に永遠と無限を漂う存在として、ならば月は形而上である。互いに決して減らず(減った少女は少女ではない)捏ねて伸ばして刺したとて存在を変えない。不特定多数の同一、泡沫の集合精神よ。少年が探求者であるならば、月が追うは少女だろうか。巡るそれは物理に護られ未だ神聖なままだ。
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717.一枚紙となった海と空を見て、邪魔をするは物理学だと確信した。
曇りに墨をたらせぬ擬かしさ、水平線を縫い合わせられぬ無力さ、月光と目が合わぬ悲しさよ、どれも遠く、まやかしに違わぬ。この世に果てがあるのなら、あの月を胸ポケットに入れる事も叶うだろう。大きさなど、物語程で充分なのに、
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718.薄荷入りの砂糖水に、窓の外を浮かぶ手頃な隕石を火掴みで取りグラスに入れる。するとシュワシュワと愉快な音を立て、色が何色かに変わり、これで特製サイダーの完成です。
喫茶にて鴨羽色を飲み終えると、隕石から歌が聴こえた。それは何処か懐かしく、消えた星の、ロストミュージックだと気付いた。
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719.それは宝石に似ていた。
掬っては、グラスに入れてゆく。紫、赤、緑、それは万華鏡の瞬きで、「金木犀も入れたいな」そう言うと彼女は笑って金粉を振りかけた。
1.2.3.
彼女が呪文を呟き混ぜると、すっかり色は溶け合って、金木犀の星が輝く、丁度今日の夜に似たクラッシュゼリーが出来上がった。
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720.アラザン入りカスタードは、その日最初の夜に似ています。
黄卵の香りは陽の暖かさに近く、フローライトの空に柔く染み込む青藍と、砂糖菓子の冷たさが、やはり散る星に似ているのです。
そうして私が食べた空が君の空だと知ってみると時折、世界はもっと単純だった気がするのです
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