ショートショート 701~710

701.城砦の石垣、土管の中から女性の歌声が聞こえた。手を伸ばすとすぐに土壁に当たり、その手前に厭に冷たい塊がある。

取ってみるとそれは古い南京錠だった。歌声はその鍵穴から聞こえていたのだ。

この城には座敷牢がある。そんな噂を 思い出した。

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702.芸術家兼奇術師の遺した作品に、「台風の箱」というものがある。それはガラスの箱なのだが、中に切り取った台風を閉じ込めたというのだ。一見すると仕掛けのないが、耳を当てると轟々と音がする。「そんなバカな」そう言った男がその箱を開けた途端、猛烈な風が男を吹き飛ばし、未だ行方知れずである。

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703.空から下手な牛の鳴き声がする。

そうか、もうそんな季節か。

暑さの緩んだ空を覆うは半透明に紫の透ける、巨大な精霊牛の群れである。

動きは雲よりも遅く、だが割り箸の足をぽてぽてと動かし着実と流れている。行く末は遠く見えないが、きっと安らぐ場所へ行くのだろう。

「また来年」遠く手を振る

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704.猫は伸びる。

記録によるとある男が猫とスカイダイビングをした際、上空に着き目を開けた時、まだ猫の下半身はヘリコプターの中にいたという。また最近の研究で猫には時間の概念及び作用が応じないという事が判明し、この「伸び」とは実態を伴い、ゆっくりとした残像ではと推測されている。

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705.酷く綺麗な、人型の妖精か女神か、将又男性か少年かが深夜、森の奥の広場で踊っていた。

白に光る頬には神秘が纏い、金の髪は王冠よりも尊く高貴だ。

思わず私は近寄って、そこで初めて上から伸びる操り糸が見えたのだ。

マリオネットが地に寝そべる。

そこで私は罠の中央にいる事に気が付いた

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706.少女が砕けた。

陽の中輝き断面図は蛍石の柔い緑でとぷとぷと音がする様だった。

カチカチとパズル宜く組み立てる。最初と様子が違うが以前の姿も虚ろに失せる。だが今度は素直でいい子になった。世間に馴染ませはみ出たボンドを隠して終わり。

少し背の伸びた少女。

きっとあの緑色はもう見れない。

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707.「例えば恋を思って指輪を作る。

幸せと桃色と、酸味と秘伝の赤い糸、そして客の様子を混ぜるんだ。するとそれは桜や薔薇、ジャスミンの香りがつくのさ。

でも君を思うと、必ず金木犀の香りになるのは不思議だなあ」

そう言うと彼は僕にお守りを寄越した。だってそれは、君が好きだと言ったじゃないか

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708.足元に蝶々がちらつき、避ける足踏みも虚しく踏み潰してしまった。

この蝶々はころされたかったやもしれん。こんなに綺麗な蝶々でも死の引力に逆らえんのだ。

私は殺したのだろうか。私は殺意も無ければ動機もない。きっと私はこの蝶々の迎える結末の、蝶々の為の歯車の一つだったのだ。

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709.方向音痴の彼女は学校で迷子になった。行方不明の騒ぎも落ち着いた頃、今度は「学校で彼女を見た」という噂がたった。

──今でも続いているのか。

学校の怪談に追加された古い制服の彼女は相も変わらず彷徨っているらしい。ならどうか姿を見せておくれ。

逢魔ヶ刻、先生は当てもなく探し歩く。

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710.その大きなカマキリは私の服を奪い着だした。そして私の仕草を真似て、食事の姿を見たいのか芋虫を皿に出してきた。「人間は虫を食べないのよ」そういうと寂しげに頭を捻る。

「でも私は貴方を真似る事ができる」

そう言って私は一口虫を頬張った

深緑と花々が微睡むこの森では、不審死が後を絶たない

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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