561.「猫は落ちると必ず足から着地する」
そんな話を聞いたので机に立ち、猫を投げてみた。するとボチャンと音がして猫が床に当り、三毛猫模様の水たまりとなった。瞬間、跳ね返りが上がると同時にまた猫の形へ戻ったのだ。「猫は液体説」そんな言葉もあったな。僕は引っ掻かれた頬を撫でながら思い出した
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562.アリクイ程の小さなワルツを踊ろう
水晶の上、神様の死角にて
赤いレースは固く結ばれ、川の死者は花のリースを深く沈める
楽園だろうか
肉体は下に離れ、魂の塊が上に輝く
食べねばならぬか葉はあるか
蛇の瞳は何を見るのか
足が止まる
尊き金星と水星と地球の中へ
胎児のように眠りなさい
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563.頭がどこかへ行った時、「好きなものにしたらいい」と言われたので、僕は紫色の蝶々にした。
それ以来、よく空を飛ぶ夢をみる。
ある時は誰よりも高く月へ近付き、雲の涼しさを深く吸い込んで、ある時は輝く花畑で露を飲むのだ。
今日も何処かへ行くのだろうか。今夜も窓を少し開け、眠りにつく。
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564.鳥居から出ると、何かを落とした様に左手が涼しくなった。
何を握っていたかしら。振り返ると、鳥居奥の人混みから懐かしいお面を見た気がする。
私は今まで誰と歩いていたかしら。
左手を開くと、覚えの無い玩具の可愛い指輪が入っていた。
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565.図書室のある本を読むと、秘密の教室に入れる。
前にそんな本を読んだ。
そういえばこの学校にもそんな七不思議があるのだが、結局のところ誰もその本がどれで、教室がどこなのかわかっていない
だが、友達の言っていた第5美術室は見つかっていないし、今私のいる第3音楽室は誰も来たことがない。
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566.犬歯を剥き出して柘榴に齧り付き、水分を多く含んだ目玉をドロリと此方に向けた。
口元は赤く染まり、無残に煌めく柘榴の断面が見える。
その時私は震えたのだ。
(あぁ!僕の捕食者!)
しかし君は僕と目が合った途端、正気に戻った様に只の少女に戻ってしまった。
君は食べている姿が一等美しい。
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567.そのラジオは黄昏時になると時々、物憂げなノイズと共に誰かの最期の一言を流す。叫び声や泣き声、こんな筈ではと後悔の言葉が多い中、「もしがあれば、来世でも共に」と老夫婦の微笑む声が聞こえた。
きっとそれは心中だった。ラジオの音が途切れる最中、手元のナイフが酷く無意味な物に見えた。
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568.君を探しに旅をした。
北極の深海底から砂漠の洞窟、永遠の塔や図書館の隙間、鯨の夢に一足遠い宇宙まで。
結局君はいなかった。
これは見ず知らずの君を知る僕の物語。書き留めて、完成させたらいつかきっと、君になる。
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569.真珠貝の装飾が光る双眼鏡は、夜になると思い出した様にレンズ奥が淡い紺色に輝く。
手に取り覗いてみると、奥に万華鏡の様に揺らぐ満月が見えた。自由の権現が如く海月や小魚が水面を漂っている。
そうか、これは真珠貝の思い出か。
今日もその双眼鏡は泡沫混じりの光を零し、遠い海の夢を見る。
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570.
「ギラギラと月が鳴るこんな夜には、ただの一時だけでも、冬がくればいいと思うのだ」
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