571.空一面にオーロラが掛かった。月が欠けすぎて小さくなった為、継ぎ足しの工事をするそうだ。一晩程で出来るそれは100年に一度の頻度でされ、いわば珍しいのである。
夜明け前、オーロラが取り外された。
チラチラと舞う光は削られた月の粉で、満月の下側は無垢に輝く白蝶貝になっていた。
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572.勿論彼女は生きています。昔に旦那が亡くなり「彼と一緒に死人として生きます」とあの通り顔を隠したのです。それから彼女は見えぬ旦那と一緒に暮らしており、でも最近いるはずのない子供や、生前の旦那と同じ声がする様になりました
奇跡でしょう。私達は、この家族を静かに守る事にしたのです
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573.「それでは皆さん、よい一日を」
撮影が終わり、ブツンと電源が切られて私の今日の仕事が終わった。
さて、午後はどうしようかな。他局の友人を誘って何か観に行こうか、それとも家でゆっくりプログラムの更新かな。人間への情報や言語は常に新しくないと。数字のトンネルを潜り、私は電子へと帰った。
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574.雷の鳴り響く夜、泥沼から手が伸びた。腰を抜かす私を嘲笑うかの様にその手は地面を掴む。頭が現れ、上半身、下半身、雨に洗われ此方を妖艶な切れ長で見つめる彼女は、それだけで私を射るには充分だった
どうでもいいが最近そこから死体が発見された様だ。隣で微笑む彼女は今日も土の香りがする
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575.「貴方の願いは なんですか?」
『この世の全ての文字を読めるようにしてくれ!』
「かしこまりました」 ピコン
「結局彼は海水が死んだとき月に達した」「昔話は鯛だけを知る事」「海は折り紙に追いつけない塔です」
神様の翻訳機能のおかげで、私は読むどころか解読もままならないでいる
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576.薔薇の棘で指を切った。血が白い花弁につくと瞬く間に艶紅色に染まった。思わず見惚れていると足に何かが刺さった。─白薔薇だ。同じ様に赤く染まってゆく。振り向くと白薔薇の蔦が私に伸びてきていた
そこには見事な紅薔薇が咲いている 蔦の中に真白な骸骨がある事は、薔薇にはどうでもいい話だ
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577.紫陽花の影がステンドグラスの様に瞬く地面にて、かたつむりの結婚式が始まった。朝露を蓄えた草陰は厳かな香りがする。ゆっくりと式は進み、次第に雨が降り始めた。「素敵な天気になったね」おめでとうと私は黄色い傘の下、勿忘草のブーケを渡すと「ありがとう」と新郎新婦はゆっくり目を瞑った。
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578.美容にはローズクォーツがいい。私は白い皿に恭しく乗っけられ、フレンチ特有の温さを蓄えた楕円の紅水晶にナイフを入れた。ぷつりと艶やかな断面が露わになる。削った表面で作られた赤いムースを付けて口に入れた。高い香りが鼻を抜け、甘さと酸味が舌に潰され解ける
これは愛する自分へのプレゼント
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579.蛸が咲いた。
それはリング支柱に足を絡ませ、細めた瞳で此方を見ている。最近は、やはりだろうか海についての本を良く見るようになった。
『ぼくも うみへ いくのだろうか』ふと彼がそう言ったので、君の好きにするといい、と私は水槽のカタログを隠してそっと頭を撫でた。
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580.言葉の断捨離をした。私の為にも二度と使わまいと墓標が如く心に誓ったその言葉を大切に瓶に閉じ込め、海へ流した。誰か、鳥でも鯨でも、無慈悲に瓶を砕く岩でもいい、誰かに届いてくれ。私のとびきり心を込めた私最後のその言葉なんです。どうか大切にしてください
どうか、どうか 『愛しています』
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