ショートショート 211~220

211.其処は黒だった。

白蓮華と輪郭と、水平線以外は黒だ。

「ナァ君」

『リン』

私を冥界に送らんとする舟漕ぎは、そんな声で答えた

「何か歌ってくれないか。君の知る歌でいい」

…リンリン、リンリン

目を覚ます頃には到着しているだろうか

案外と心地よい歌を聴きながら私は目を瞑った。

・・・

212.「ズリ、ズリ、ズリ」

最近、夜中に外から何かを引きずる音がする。

気になって窓から見てみると、

ゴミ置場にあったであろうゴミ袋が

「ズリ、ズリ、ズリ」

這うように動いて、私が唖然としている間に隣の家へ入っていった

朝、隣人の男性が怒りに溢れた表情でゴミを捨てていたのはこの為か

・・・

213.ギリ、ギリ、ギリ、ギリ

外からネジを巻く音が聞こえた途端、世界が逆転し始めた。

きっと外の神様がまた、シナリオを誤ったんだろう。

特異点である私は欠伸をしながら晩、朝、晩、朝と繰り返す世界を眺めていた。

巻き戻し終わったら散歩に出よう。

何が変わったのか見届けようではないか。

・・・

214.外から花の匂いがした。

香りに起こされて窓から外を見てみると、手足に紫色の雲を携えて、ゆっくりと宙を走るバクがいた。

それは人に似た瞳で此方を流し見て、長い睫毛を羽ばたかせた。

1、2、3回

気がつくと朝だった。

不思議な夢を反芻しながら頭をあげると、枕から夢と同じ香りがした。

・・・

215.通りゃんせの響く横断歩道を通る

橙の街灯がジリジリと音を立てて立っている

通りゃんせ、通りゃんせ、

どのぐらい歩いただろうか

未だ端には着かず、朽ちた鳥居から彼岸花がこちらを見る

まだ着かない

ゲラゲラと笑う狐と泣くおかめ

何処かで見知った地蔵の生首

お前は、誰だ

・・・

216.世界から生物が消えた。

亡くなったのか、連れ去られたのか逃げたのかは定かではない。

しかしその次の日の朝、誰もいなくなった冷たいベッドの側でジリリリと目覚まし時計が鳴るのだろう。

誰が止めるわけでもなく、ただ人の手を待つ目覚まし時計。

きっと電池が切れるまで人を待ち続けるのだ。

・・・

217.ある日、神社の景内を掃除していると

何処からともなく香ばしいコーヒーの香りがした。

フワリと香る心地よい香りは道の真ん中を通り、社殿の中へ消えていった。

この日からだろうか。

近くの喫茶店が少しだけ繁盛しだしたのは。

・・・

218.久しぶりに会った君は、あの頃好きだと言っていた紅茶ではなく、大人びた真っ黒なコーヒーを飲んでいて、

そこで初めて僕は君を失ったのだと気が付いた。

・・・

219.暑い夏の日

手が滑ってコーヒーを溢した

みるみるうちにそれは広がって

その型が伊豆に似ていたから

僕たちの夏の思い出は

伊豆で作ることに決まったのだ

・・・

220.早朝、何の気なしに窓を開けるとピエロが3人歩いていた。

それはとても大きく8階の僕の部屋に顔が来るぐらいだ。

先頭に壊れたラッパを吹く赤いピエロ、泣くピエロ、最後に大きな袋を持つピエロ。

思わずベランダに駆け出すと、黄色いいピエロが僕を手に乗せて、そのまま袋の中へ放り込んだ。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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