121.その男は常にラジオを持っていた。
「ノイズに耳を傾けると奥の方で声がするんだ。
懐かしい…妻の声が…」
病室、最後の時もそのラジオは男の傍にいた。
遂に事切た時、「おやすみなさい」と一言女性の声で流れ、それっきり。
それが妻の声なのか、はたまたラジオ自身の声なのかはわからない。
・・・
122.この街の人々は年に一度、食べ物や飲み物をもち、丘に集まる。
「お、始まったぞ」
その言葉を合図に皆は地面を見た。
何もない月光からスルリと長く影が伸びる。その影は次第に太くなり、桜の大木になった。満開になったそれを見ながら皆花見をするのだ。
僕はふと、影の元である切株を見た。
・・・
123.「俺が主人公の小説を書いてくれ」
と言った友人が行方不明になった。
僕は宙ぶらりんとなった途中の小説を、どうしたもんかと開いたのだがどうもおかしい。
覚えのないラストが書かれている。
注文通りの勇敢な主人公はドラゴンに敗れ、「こんな筈では」と言う言葉を最後に小説は終わった。
・・・
124.どうやら僕たちは死んだようだ。
デート中、歩行者天国にて。
「死んだら何がしたいか話といてよかったね」
ああ、本当に。
僕達は手を取り合い、スクランブル交差点の真ん中でワルツを踊る。
生前こんなに楽しかった事はあっただろうか。
悲鳴、サイレン、カメラの音
背後には、僕らの死体
・・・
125.その猛烈な光に焼かれた僕たちはてんで光に弱くなり、月光にすら溶け込んでしまうようになったため、僕は君の端切れをまだ見つけられていない。
せめてそれが見つかれば、そこで眠りにつき、僕の墓標にしたいと思ったのだけれども。
今夜も僕は月明かりを避け、探し求める。
・・・
126.児童が校内で行方不明になった。
遊んでいた子に聞くと
「旧校舎の古い鏡の前で遊んでた。
うわって声がして、振り返ったら居なくて、鏡に波が出来てたの」
鏡の波紋
この言葉で教師全員に安堵と戦慄が走った。
その日の午後、無事児童は発見されたが、あの時と同じく聞き手が逆になっていた。
・・・
127.夏祭りの夢を見た。
隣を見ると、そこには赤い浴衣と兵児帯を纏った小さな子が、僕の手を引いて笑っていた。
ふと、歩みが止まる。
そこは金魚掬いの屋台だった。
「いままでありがとう」
そう言ってあの子は手を離し、社へ向かって行った。
朝起きると、水槽の金魚がぷかりと浮いていた。
・・・
128.その廃れた灯台は、夜な夜な青い光を発するという。
何年も前に管理は終わり、誰も灯す人も術も無いはずだ。
また不可思議な噂は続き、なんとその光を目指し、海から人魂が飛んでくるというのだ。
寒々しく、しかし優しげに光るそれは、きっと今も、何かを導いているのだろう。
・・・
129.「お時間少し頂けますか?」
『いや時間ないので…』
「ああ本当だ、貴方の時間はあと34974時間しかない。
貴重なお時間をどうも」
男は古めかしい懐中時計を眺め、去って行った。
・・・
130.「旦那様、ご覧下さい。
深さも長さもピッタリでしょう。
品質も最高級で御座います。しっかりと亜麻仁油で磨き致し、蓋裏にも緻密な模様を施しました。
美しさは勿論、寝心地も粉う事なく一級品で御座います。
さあ召ませ召ませ…」
死神の仕立てた棺桶は、死期を縮める程の寝心地であった。
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