『確かにうまかった』

大学生頃、一人で泊りがけの登山にでかけました。

あまり行った事の無い山だったので、地図を見ながら縦走していました。

初夏の日も傾き、そろそろキャンプ地を探そうと思っていた時、

水の流れる音が聞こえたので音のする方向に行ってみると、小さな沢がありました。

その横にはちょっとした平地もあり、キャンプするには良いと思い、そこにテントを張り夕食を摂ると、

少し肌寒くなったのでテントの側で焚き火をしながら、持ってきたハニーピーナッツを肴にウイスキーを飲んでいました。

ほろ酔い気分になり、気分も良かったので「ああ、うまいな~」といいながら飲んでいると、

「そんなに美味いのか?」と、どこからか声がしました。

「ええ、うまいですよ」と答えたのですが、「ん?」と思い、「誰かいるんですか?」と言ってみましたが、

返事は無く、その辺りを見回しても誰もいる気配はしません。

「飲みすぎたんだろうか?」と思い、後片付けをすると、テントに戻り寝ました。


飲んだのもあってか、寝袋に入ると直ぐに寝入ってしまいました。

しばらくしてから、ふと目が覚めました。

時計を見ようと腕を動かしましたが、動きません。

金縛りにあったのか?と思い、体中を動かそうとしましたが、

動くのは視線だけで、その他は全く動きません。

何かがテントの中にいるんだろうか?

そう思い目線を動かしていると、隅に置いたザックが目に入りました。

そのザックの前に誰かがいて、中を漁っているようです。

その誰かは、目当ての物が見つかったのかテントの入り口とは反対の場所から出て行き、

何かを飲むような音を立てて、「ふーっ」と溜息をついていました。

あ、酒取られたなあと思っていると、いつの間にか寝てしまいました。


翌朝、起きてからザックを確認すると、ウイスキーが瓶ごとありません。ハニーピーナツもなくなっています。

「やられたか」と思い、テントから出ると、入り口とは反対側に空瓶とピーナツの空き缶が落ちていました。

そこの砂地には下手な字で『確かにうまかった』と書いてありました。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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