たからもの

教室で彼女が寝ている。誰もいない教室、夏の日差しに輝く髪の毛。汗ばむ肌にかすかな寝息。 

そこには完成された美があった。 

 …いつも騒がしくはしゃいでいるこの人も、寝ると静かになるんだな。  

顔、じっくり見たの初めてだ。 

 おでこが広くて眉間が広い。 太めの吊り眉、たれ目で長いまつ毛。 鼻は小さく高い。  

普段良く動く唇も今はじっとしている。 


 なんとなく、彼女の広いおでこに触れたくなり手を伸ばす。 

 「…」 

 思いとどまり手を止める。 

 この作品に私が加わるのは駄目だ。 

わたしなんかが触ってはこの美術品の輝きを曇らせてしまう。 彼女を汚してしまう… 

 「…触んないの?」 

 驚いてそちらを見ると、彼女の睫毛の奥に輝く宝石と目が合う。 


 おでこ広いでしょ。触るとご利益あるよ。 

 ――あはは。ありそうだもんね。 

 そう言いながら手を引っ込める。 

 今から帰るなら一緒に帰ろ! 

 ――そだね。本屋寄ってもいいかな? 

 いいよ。じゃあ行こっかあ。 


 その言葉と同時に彼女が私の手を握った。 

 ハッとする。あぁ触ってしまった! 

 申し訳なく思い彼女の方を見る。彼女は相変わらず宝石を輝かせながら喋り続けていた。 

 …彼女にとって私の汚れなんかちっぽけなもので、彼女はそんなものじゃ曇らない。

くだらない杞憂だったんだ。 


安心と嬉しさと、受け入れてくれたという気持ちを込めて彼女の手を強く握ると

笑いながら握り返してくる。 

 いつにもまして笑い声の絶えない、夏の日の廊下。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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