1421.月明かり色の夜、紅茶に金平糖を入れると自分も落ちてしまった。カップの中は思ったよりも深かったらしく見渡すと魚の骨に似た星図達がそこらを泳ぎまわり先に落ちてゆく金平糖は遠く光となって、目を覚ますと私は同じ夜の中、いつの間にか空になったカップの底には「see you」と綴られていた。
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1422.粉砂糖を開けると出たのは小さな天使の死骸だった。体は冷たく、口から溢れる粉はどこかの最果てにきっと似ているのだと思いながら棚から出したクッキー缶は棺桶にぴったりで、あまりの美しさに流れた涙の熱で天使はしゅわしゅわと溶けてしまい、後には砂糖水と勿忘草だけが月明かりに照らされていた。
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1423.日食の薄暗い浜辺に君は居た。漆黒の肌と月明かり色をした髪を持ち、「海を見に来たんだ」と握った手は酷く冷たくて、私達は親友になっていつまでも遊んでいたのだけど世界が明ける頃には君はもう居らず、いつの間にか持っていた黒い巻貝に耳を当てると波の音は無く、君の鼻歌だけが遠く響いていた。
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1424.免罪符を使った私達は月の裏にいた。「ここが楽園らしい」と見渡すも辺りには何かの残骸達があるだけでメリーゴーラウンドに天蓋ベッド、金魚鉢のワニの先に建つ巨大な地獄の門を見た君が「あれは私が見た夢だ」と言い、神様の見ている夢から逸れたらしい私達はやる事もないのでゆっくりと踊っている。
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1425.月から手紙が届いた。真黒なそれは招待状と書かれており開けて中を覗くと手紙はなく、ただ星空が広がっていた。チカチカと瞬きは静かに、その奥にコイン程の月が見えたので行ってみると青い紅茶のアフタヌーンティーが開かれており、向かいの席には昨夜磨いた月明かり色の檸檬がころりと座っていた。
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1426.水溜りに白い魚がいた。水槽に入れると「助かりました」と呟き、どうも魚は月らしく、あの水溜りに取り残されていたという。螺鈿を振りかけると見当たらない口で食べ、それから暫く経った夜、何かの声で目を覚ますと水槽の中で魚は小さな月になっており、神様の様な静かさで、ただ全てを照らしていた。
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1427.青い未明の底に林檎が沈んでいた。それは子供の頃拾ったニセ宝石の様で、思わずキスをするとそこから体が凍えてゆき、私は自分の流した涙で溶けてしまった。どうもそれは月が作った毒林檎で「月は寂しがりを集めている」との御伽噺を思い出しながら水溜りになった私はチカチカと、月光に蒸発していく。
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1428.ポケットから小さな宇宙飛行士が現れた。どうやらポケット中を探査していた様で、見つけたらしい青いビー玉を持っていたので「あげるよ」と言うとお辞儀をし、バイバイと手を振った。どこに行くのか聞いてみると月を指差して、それから暫くしたある日窓辺を見ると季節外れの金木犀が三粒置かれていた。
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1429.深夜サイトを巡っているとどこか異国の知らない言葉へ辿り着いた。その真白なページにはバナーが一つあり、開いた先は一面の砂漠だった。星の散る紫の空は煙の様で、カチリ、カチリと奥へ進むと扉が一つ建っており、ふとポストから音がしたので見てみると札に同じ文字の書かれた小さな鍵が入っていた。
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1430.新月の夜、水溜りの中に月があった。「私は檸檬の幽霊でしたが今や姿を忘れ、それらしくあるだけです。一体私は誰なのでしょう?」と呟くので檸檬を見せに行こうと持っていた魚の醤油さしに掬うと月は宙を泳ぎ出し、「このまま檸檬を探します」と星の中へと消え、残された夜には夏の香りが瞬いていた。
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