ショートショート 1341~1350

1341.「ニュースです。本日正午、行政解剖中の室内に『その解剖ちょっと待った』と叫びながら何者かが乱入し、腹部を切開していた遺体を奪い去って窓から逃走しました。現場は血や内臓が散乱し、当時いた監察医によると『私達大人に止める資格はなかった』との事です。今尚犯人は逃走中。次のニュースです」

・・・

1342.ある夜の雪国で海から大きな音がして銀の泡をした波が地面を濡らした。驚いた街の人々が外へ出ると暗い世界で海だけが明け方の空の様に輝き、丸く大きな淡黄が沈んでいる。それからクレーン車が吊り上げたのはやはりお月様で、海水の滴るそれが元の位置に戻されるまでみんな、口を開けて見上げていた。

・・・

1343.一番良い所で心中する為、私達は遺書を書きながら旅をしていた。なのに世界は相変わらず欠点ばかりで、文句の度に君が「これも書こう」と笑い、遂に辿り着いた北の海は一番論外だった。途方に暮れていると君が私の抱えるすっかり分厚くなった便箋を取って海に撒き、その上に立って見せた。私達は歩く。

・・・

1344.隣町の私達が身投げしたらしいので深夜隣町へと忍び込み海を見た。月明かり色の水面は神様の裏側のようで、『私達はどうしようか』花束を放った君が言う。ドッペルゲンガーだらけの世界で私達が必ず出会って死を選ぶのが幸せな事なのか私には分からないが、出町者を探すサイレンを背に私達は逃亡する。

・・・

1345.その白鯨は水の中を移動する。水溜りを、コップの中を、小さな涙の水底を。群青色をした六つの瞳で決して目を合わせず、全てを見ながら水死した蝶や桜や恋人達、報われなかった何か達をただ覚えていると言う。海の宗教に天国や地獄があるかは不明だが、水棲生物達はその鯨の事を月と呼んでいるらしい。

・・・

1346.林檎について

天文学者にもらった寂しさは林檎の形をしていて、今でも未明の月明かりの中を沈んでいる

錬金術師が禁断の果実についての解毒剤を作っているが、それに愛が必要だって事を知らないらしい

明け方、名の無い恋人達が交差点で踊った跡には、林檎が一つ置かれていた

骨壷と林檎、銀河鉄道

・・・

1347.むすんでひらいて、私達は未明に沈む二人ぼっちのスクランブル交差点で踊る。月明かりに溶かされた蝶々の亡霊、ラジオの賛美歌、割れたプラネタリウムから流れる偽物の夜。数え終えられた夢の羊達はコンクリートの隙間で青い水溜りに姿を変え、微かに薄荷の香りを残し街を少しだけ汚して行く。一夜譚。

・・・

1348.この陽の当たる、誰もいないミュージアムには巨人が展示されている。大きな楕円型をした部屋の床に胎児のように蹲る巨人少女のミイラがあるのだが、何万年も泥の中にあり非常に保存状態が良く眠っている様にしか見えなくて、ただ、二人きりの室内で音が一つも無くなる度に死んでいる事がよくわかる。

・・・

1349.セイウチがボトルレターを拾ったが、読めないので宝物にした。青い夜に宝物箱から出しては月に透かしたり海の花を供えていたのだが、ある日気付くと紙だった中身は銀色に輝くお星様に変わっていた。実はそれは、誰にも届かなかった寂しい恋文だったのだが、セイウチは美しい事にしか気付かなかった。

・・・

1350.いつの間にか知らない本が増えており、読むとそれは私が昨日見た夢の内容だった。どうやらこの本棚は夢を保管してくれるらしく、度々増える物語を私は楽しく読んでいたのだが、ある夜から私は夢を見なくなり、その代わり本棚には真黒な表紙に『地獄』とだけ書かれた本が増えつつある。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

0コメント

  • 1000 / 1000