901.夜、ぽさぽさと音がするので見に行くと、そこらに真珠色の何かが積もっていた。雪に似ていたが冷たくはなく、さくさくとしている。降る先を見てみるとそれは月で、どうも泣いているらしかった。僕は涙を抱え、ここで一番高い煙突へ登り、ただその姿を眺めていた。
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902.僕の爪から花が咲いた。
君が好きな花ならいいのだけれど。
深い森の天辺、異様に背の高いコスモスが咲いていた。
「ここに居たのね」、廃墟に寝そべる苔生した死体は今尚愛おしかった。
外はもう、二人きりの様に暗い。
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903.二次元と三次元の間の綻びを見つけた詩人は月に手が届くんだよ。探索者は少年という動詞で、梯子の場所を知る事になる唯一だ。宇宙の果てには平らな時代遅れのダンスフロアがあり、よく知るリズムで時間が巡っているだろう。私はこの世が泡沫の寿命でも構わないよ。
ねえラプラス、調子はどうだい?
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904.「おれはきっと、『今なら月に届く』と言って死ぬだろう。月夜の晩に、投身か、溺死か、されど魂は恐らくきっと、あすこの月に届くのさ。そうでなければ、寂しすぎる!」
友人が死んだその日から、満月になると月影に、手を振る友人の影が映る。
彼の今際の言葉は僕だけが知っている。
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905.月に届く方法
・文字にて距離を測る
・銀の皿に水を敷いて映す
・青のタイルに染み込ませる
・蜂蜜酒の酔いに任せる
・紙を42回折る
・月光の一人会話を聞く
・海で欠片を探す
・薄荷を観察する
・象牙色や真珠色を集める
・ブリキの喇叭を鳴らす
・月長石を照らす
・世界中の月についての詩を重ねる
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906.海に沈む鯨の真白な骨と、魂との逢引は、私には感じ取れない場所にある。誰が絶叫を聞いたか。その響きは原始から、ずっと世界を覆っているよ。花を流すのは海が正しい。誰かが流した涙はいずれ必ず海へと巡り、溶けるでしょう。海は海という世界の神様だから、きっと誰かの忘れた哀しみを覚えている。
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907.網を持ち、満月を捕まえたのだが力が強く、引きづられた。それを見た漁師や力自慢、象やライオンにサーカス団、街中の人達が集まり一緒に僕を引っ張った。
うんうん、と唸っていると突然網が軽くなり、僕達はドスンと地面へ落ちた。「わははは」月の消えた夜にて、奴の笑い声だけが響いていた。
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908.『どうも』その図書館に人は少なく、夕方には僕だけだったが、本を抜いた先にひらり舞ったその手は確かに僕にそう言った。
それからそこは待ち合わせ場となった。その人は随分と読書家な様で、その穴からお勧めの本を渡してくれる。
─いつか姿を見たいな。
赤い、怪物の様な手が今日も見える。
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909.パジャマのまま家を抜け出し、街外れのプラネタリウムへ行った。其処は昼にない燈を灯し、顔の見えない係員がチケットを寄越した。
軋む音と共に始まったのは誰もが忘れた古い神話だった。
一粒涙を零した頃、気付くと僕は外におり、振り向くと閉館した出口からシーツおばけ達が空へ帰って行く所だった。
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910.海を描くと波音が聞こえてきた。
「一体君は、どこの海なのか知らん」。四角に切り取られたそれは、やたらと寂しい音を立てている。
ある日大切な花が枯れてしまった。
『ざぶん』海の音が今までよりも高く、震えている。「そうか、君は私の涙だったのか」植木鉢を抱える私と、部屋には波の音が響く。
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