541.「気持ち良さそうだね」
『案外悪くないよ』
寝そべる君が口も動かさずそう言ったので、僕も入って寝転がる事にした。
流石に二人は窮屈だが成る程悪くない。
やがて僕達を火が覆った。
火の中は温かく、優しかった。
ふと気付くと彼は居らず、ああ僕は置いてかれたのだと気が付いた。
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542.私の働く店では、来る人全員が見る幽霊がいる。格好は小綺麗で、だから皆新人かと思い込むのだが、必ずその幽霊はとある壁に向かって立っているのだ
ある日店を改装すると言ってその壁を打ち壊すと、コンクリートに混ざったのか中から小鳥の骨が出てきた。それ以来、その女性の霊は出ていない。
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543.「天井から這いずる様な音が聞こえたら音を消してはいけない」
私の学校の三階ではそんな噂、もとい事実がある。確かにズリ、ズリと音は聞こえるのだがその瞬間、先生がわざとらしい程に声を張り上げ授業を進めるのだ。「頼むから喋ってくれ」そう悲願された時から確かめる度胸は皆消え去った。
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544.美術館にて少年が行方不明になったが翌日何食わぬ顔で同じ美術館にて発見された。だが何故か手には美術館のものではない、しかし立派な小さい絵を抱いていた。
「上に行ったらおじさんがくれたんだ」少年が指差した先には名画「カプリの階段」が飾らせていた。
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545.化学により不老不死が一般化し、それに伴い安楽死も一般化した。生死の選択を神から奪ったのだ
私も遂に生き飽きたので先程死に入ったのだが、目を開けるとそこはまだ現世であり、先に死んだ友人や知り合いが私を見下ろしていた「どうやら不老不死は魂にまで作用したらしい。あの薬は失敗だったのだ」
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546.しりとり病を知ってるかい?
─いや知らないね
年々増えてるらしく、なんでも会話の言葉尻と頭を繋げて会話してしまう病気だそうな
─難儀な病気だなァ
あと感染者は、なんでも最後に ん を付けると死んでしまうという噂だぞ
─そんな訳があるか。だが注意しなくてはだな。自分も罹っているかもしれん
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547.僕の街にはおばけ煙突がいる
時折現れるそれは気紛れに場所を変えつつ黄昏と共に現れるのだ
ある時みんなが騒いでいた
見るとあの煙突に誰かが登って手を振っていたのだ。次第にそれは夜に飲み込まれ、消えていった
次の日学校ではその話で盛り上がっていたが、はて、僕の隣は空席だったかしら
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548.骨董市で買った世界地図パズルをはめていると何故かピースが一つ余った
裏には見たことも無い、糸虫が今まさに蠢いているかの様な身震わせる文字が書かれている
そして今日、私の部屋に泥棒が入った
金目のものは無事だがただ一つ、机にしまっていたあのピースだけが無くなっていた
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549.森の広場の真ん中で、満たされた赤い杯がポツリと私を待っていた。
両手程のそれを持ち上げると満月がコロンと入り込んでおり、ああ近頃ずっと月を見ていないのはここに囚われていたからかと知ったのだ。
飲み干すそれはひんやりと甘く、月の味がした。
ふと辺りに銀が瞬く。空に月が戻ったのだ。
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550.廃屋の一番奥には、時代錯誤な、しかし古さのない小さな部屋があった。
机の上には器が並べられ水で満たされている。眺めているとふるふると波打ち、前に座る女性の影を映した。
彼女は僕の妻な気がする。
会うのは久しぶりな気がする。
はっと顔を上げると誰もおらず、器は埃積もって空だった。
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