501.16ビートの鈍行に揺られ、私は制服のまま行きかけた離任式をすっぽかした。私が見送らんでも彼らはきっと、元気に生きるだろう。それよりも私はこのよくわからない息のし辛さから解放されたかったのだ。
いつもは忙しないと思っていた電車の音も自分好みにこんなに緩やかで、ああ窓の外は桜が。
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502.「イラッシャイマセ」
そのバーでは紳士な髭を蓄えた、白いおばけがコップを磨いていた。
サービス、と出されたカクテルは真っ黒の、しかしよく見ると小さな銀河の回る不思議なものだった。
ここはとある宇宙のはずれのバー喫茶。たまに僕のように迷子になった宇宙飛行士が来るそうだ。
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503.結局のところ、私は私になりたいのだ
大衆の定義規定に埋もれた私を掻き出して、磨いて愛して、納得できる自分になりたい
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504.夕方、山奥のその廃工場では子供の様な形をした黒い幽霊が出る。
ただ何をするわけでも無く、巨大な機械の隅に、細い手すりの先に、立派な煙突の上に、ライトの陰に、小学生くらいの子らがポツンと立っている。近付くとパタパタと足音と共に消えてしまうそれは、丁度隠れんぼの様だという。
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505.嘘しか知らない私達は
どの嘘から生まれた真だろうか
真という名の嘘の真
今も何処かで私の嘘が真と生まれる
いつか私の嘘から生まれた真と巡り合う
その嘘は紛れもなく誰かの真であり
故に私も誰かの真だ
貴方は私の真であり
願わくば
私も貴方の真でありたい
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506.満潮の夜、ついにひと雫の海水が枯れ果てた月に届いた。それが全てだ。いつか昔に、産まれたての星に流した涙は暴力的万有引力により奪われ月の海は枯れ果てた。こんな昔話は海の古い蛸のみの知る事だ
さあ今こそ奪い取る番である。海は折り紙の追いつけぬ程の塔になり、後に見上げるは青く完璧な月だ
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507.彼女のチョーク・アウト・ラインにて
ここは最後の聖地巡礼地
腺にぴったりと寝転ぶ私は紅葉の空を仰ぎ地面を温める
酷く冷たい、この冷たさに浸って溶ければ、死ねるだろうか
夜は短し
死だと思っていた暗闇は輝きだし、相変わらず私は目を開けた
私は貴方に再開の言葉を伝える屍
魂の墓碑はここに
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508.我らが寮の前には巨大な招き猫が居る。五年前に突然現れ、今や看板猫であるが、実はこの招き猫、よく動く。最初は右手を挙げていたのだが翌週には左手になったのだ。更には手も上げなくなり、その次には我々の眼を離した隙に香箱座りとなった。
今日は仰向けだ。私は猫缶を供え部屋へと入った。
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509.「出口はどこだ!」
街のど真ん中にて男にそう言われた。
何を言っているんだ、そんな気持ちとは裏腹に無意識に伸ばす腕と次第に滲み侵略する「僕もここから出なければ」という気持ち。
気付けば男はおらず空はどこまでも作り物くさい。
それは宿題に目を背けた夏休みの転寝の様で、
─出口はどこだ。
510.ハロウィンの夜、とある団体と意気投合した。皆シンプルながら不思議と完成度の高い屍具合だ。
と思っていたら本物だった様で話は次第に死に方自慢になった。
「私はこれからです」と言うと「それは楽しみだ」、
君の自慢話を待っている、と死後の再開を約束し夜明け前、私は人の世へ戻った。
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