411.私は今、殺人の容疑で捕まっている。凶器の指紋が私の左手の指紋と一致したらしい。
だがそんなはずはない。
私は一月前、左手を事故で失ったのだ。現に今上着の左袖は空であり、刑事も唸っている。
きっと左手は私という理性を離れ、自由に暴れているのだ。
憎き被害者の写真を見て、私は笑った。
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412.この世界は一つの夢である
我々の夢はその太古の夢を刻んだものであり、また人知れずしかし確実にこの世の生きとし生けるもの全てが、まるで夢とのDNAを示すかのように、夢の行く先終着点を求めている
夢は我々とこの世界とを繋ぐへその緒なのだ
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413.おとつい、夢の中で同い年頃の女性を助ける夢を見た。
今日、ある諸事情にて川に落ちた所を女性に助けられた。
「この前のお返しです。」
そう言って微笑んだ途端、彼女は眠る様な顔をして、そのままざらざらと紫色の蝶となり、空に崩れていった。
僕も夢の中で同じ様に、美しく散ったのだろうか。
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414.いつまでも幸せになれないので神様にクレームを入れた
天使を回り、神様へ渡る
「お電話承りました!神で御座います!」
神様はずっと苦情の対処をしていたのか息が荒かった
神様も息継ぎをするんだ
そう思うと私の幸せの定義が今一わからなくなったので「お互い頑張りましょう」と告げ、電話を切った
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415.ある読書家が殺された
世捨て人と言われたその人は世の明け暮れを関せず貪り食うように延々と本を読み続けていた
「叫び声がした」
連絡を受け警察が家へ入るとそこには放心した強盗犯と家主の遺体、そして部屋には血飛沫のように文字の羅列が飛び散っていた。
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416.「遂に君は死んだかね。
君は約束通り、世捨て人となった私へ葬式の連絡をくれたね。
君に会うのは学生時代以来だ。
君は決していい奴ではなかったな。僕らの思い出は月並みだし、しかし何故只々楽しかった
世を捨てても君の葬儀には必ず出ねばと何故だか思ったんだ。
きっと僕らは親友だったんだ」
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417.「事故を起こして病院に入院した。
真っ暗で心細いから見舞いに来てくれ。935号室だ」
深夜そんな電話が掛かってきた。
「明るくなったら行くよ」と言い、今病院にいるのだが、病院は8階建で935号室など無い。
電話が鳴る。
「夜が長く感じる、早く来てくれ」
友人は今どこにいるのだろうか
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418.私は昔から悲しい事があると同じぐらい嬉しい事が起きる。
しかし最近、その法則が無くなってきた。今日も友人の葬式だというのに宝くじ一つ当たりやしない。
母の葬儀なら、きっと良い事が起きるだろう。
「悲しいなあ」
笑う口元を隠し、私は次の計画を立てた。
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419.夜明けに大きな蝶を見た。
それは人程の大きなで、地に足付かぬ高さでただプカプカと浮いていた。
「あっ」
一瞬それが二人の人に見えた。
手を繋ぎ、微睡んだ二人は朝日に照らされ、回りながら紫煙のように漂い、消えた。
きっとあれは、誰かの夢の残りだったのだろう
何処かで目覚まし時計が鳴った
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420.私は雨に濡れた事があっただろうか。
思い立った私は縁側から梅雨空の下へ出た。
ザアザアと降るそれを全身で抱きしめ、額から袖から全てに感じる。
無邪気の権化になった気分だ。
「ゲホッ」
次の日私は風邪をひいた
だがこのくらいの風邪ならば、毎年六月の雨に濡れて風邪をひくのも悪くなさそうだ
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