391.その廃れた水族館の一番奥には、「人魚」と書かれた水槽があり、結局そこには何も入ってはいないのだが、ただ水の満たされた水槽の壁には、僕よりも大きな人の形をした影が、揺れに散らされながらずっとそこに居る。
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392.出来れば物々交換で生きていきたい、と男は言った。俺は金が嫌いだ。
本当の欲は金の先にある筈。なのに皆二言目には金金と…!俺はそんな世の中に対する反逆児なのだ!思い通りにはならん!
ということで一つ。
そう言って先程から慣れた手つきで作っていた達磨を僕に寄越し、その日の昼飯を要求した
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393.祭りの夜、シャラシャラと輝く出店の間を縫い歩き、人知れず食い物を取り金を置く妖怪がいる。
祭りの夜、賽銭箱が一瞬にして空になる時がある
『1.2.3.4.…おっこれは中々…』
「ふむ、その金と貢物の酒があれば、今年も周りの神らと天狗らとで宴会が出来るな」
鳥居の上、内緒話が聞こえる
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394.風呂上がり、僕はタオルで頭を拭きながら足で風呂の戸を閉め、ドライヤーを手にした。…まて、今僕は両手で頭を拭いている。しかし右手にはドライヤー。
今右側を拭いているこの手は誰だ
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395.怪奇小説家の男が行方不明になった
朝、妻が布団を捲ると、そこに彼の姿は無く、一人の人型に固められた幾枚の紙があったという
紙には彼の事であろう、一人の男の人生が書かれていた
その紙達は突風により開けられた窓へと流れていき、「私は幻想に溶ける」と書かれた紙一枚のみが残っていた
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396.その宇宙船は、丁度ワンホールのケーキを切り取ったようなものだった。
昔、金持ちが宇宙船型ディスコフロアを宇宙船に改造して、そのまま飛んで行ったのだ。
遠い宇宙、レコードプレーヤーから流れる80年代の飛び切りハイカラな曲に合わせ皆が踊る。
一方地球では、めでたく2050年が誕生していた。
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397.轢かれそうな所を助けられ、一目惚れしてしまった
「きっと今後、この世界線の僕が貴女と出会うと思います。私は奥手でして、その時は声をかけてくれませんか?
私は必ず、貴女を好きになります。」
そう言って走り去る彼。
振り返ると─彼が居た。
私が声を出すのと運命が回るのは同時だったと思う
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398.「人間よ、君らはなんも知らんのだな。我ら皇帝ペンギンはどの鳥よりも速く、空を泳げるのだ」
見ているが良い、と意気込んでそのペンギンは夜の海へ飛び込み、そのまま海と夜空の曖昧な隙間から空へと泳ぎでた。
「ふははは!」不敵な笑い声を響かせ、南極の夜空を制す姿は紛れもなく王者だった。
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399.とある神話によると、風は水より軽いので水よりも上にあるという。そして水よりも軽い雲はその上に…という調子で軽いものはより上に、重いものはより下に行くそうだ。
現在わかる中で一番軽いのは太陽とその上の星々であり、一番重いものは地獄である。「重い罪」とはよく言ったものだ。
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400.その古い墓には、掃除こそされてはいないがおおよそ260年前から毎日、様々な花が手向けられている。
誰が入っているのか、誰が毎日260年間も花を届けているのかはわからないが、この小さな墓石に掘られた「私の最愛の人」という言葉が全てなのだと私は思う。
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