291.自分の命日に閉じ込められた。
時間も止まり、セミも黙り、
走る子供は宙でとどまる。
街の交差点ではひしゃげた車と潰れた僕と、無事な猫。
そして僕の手を握る彼女。
乾いた太陽の光に輝くその涙が美しくて。
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292.戦争に狂うある土地を一晩で真っ白な花が一面を覆った。
「何かの訴えかもしれない」そう思う人は居たが、皆声に出さずその日も銃を構え、「バン!」
その途端、花が一斉に枯れだし地面はひび割れ一面が朽ち果てた。
それ以来その土地は荒地になっている。
きっとあれは、土地の訴えた白旗だったのだ。
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293.の肌は小麦色なのだが、左手小指だけ異様に白い。
彼女の肌は色白なのに、左手小指だけ小麦色だ。
「間違えたのかな?」私が笑うと、
『でも、これが正しい気がする』と彼女がその指同士を絡ませ言った。
私もそう思っており、そしてそれがとても愛おしく思え、私は彼女のおでこにキスをした。
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294.「今年も見事ですなあ」
『そうですなあ』
一年の旅から戻ってきた風の、紅葉と枯葉を巻き上げる舞を見て、狐と狸が歓声を上げた。
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295.そのマリア像の顔は真っ黒だった。
書きこまれた髪は愚か、表情さえもわからない。
「この黒は、皆の懺悔を背負った為です。
しかし私はこの役目になんの悔いも恨みもありません。
だから私はずっと黒い。」
皆の母として愛すべき黒です、と
見えはしないが、きっと今、彼女は微笑んだはずだ。
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296.貴女の長く綺麗な髪と、私の貴女に届けと丁寧に伸ばした髪が念願叶って絡み合い、境目がなくなりました。
朝になったらその髪を、昨夜の思い出を語らいながら解こうと思います。
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297.その屋敷の池の縁に、着物を着た女性が立っていた。
白い肌に腰までの美しく長い髪、胸元を大きく開き、左腿の露わになった着物は、白地に輝く朱色の大きなまだら模様だった。
彼女が突然、池へ飛び込んだ。
驚いて其処へ行くと彼女の姿はなく、ただ美しい錦鯉が悠然と泳ぐだけだった。
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298.夜中にとある順番で鍵を開けると少女の花園へ行けます。
薄暗い中、真っ白なワンピースを着た少女達が花園を駆け巡る。
そこで仲良くなった女の子。
真っ白な肌で綺麗な触角と蛸のような足の彼女と「また明日」とキスして別れたあの日、私が16になったあの日から、鍵の順番は忘れてしまった。
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299.昔、幽霊と仲良くなった。
彼は陰気でいつも泣いていて、でも大分昔の人間らしく博識であり、昔の話をよくしてくれた。
臨終の時、世界が暗闇に包まれ、家族の鳴き声だけを感じる中、「迎えに来たよ」と懐かしい声がする。
暗闇に潜ると彼が居た。
あのころと変わらない、涙で濡れた顔だった。
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300.僕が僕という本物だという責任が重かったので僕の偽物を作ったが、
その僕も責任が重いと泣きだした。
仕方ないので今は2人、責任を半分こしながら結構仲良く暮らしている。
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