281.「一緒に死のうよ」
一年前に亡くなった彼が、懐かしい笑顔で手を差し伸べてそう言った。
辛かった 苦しかった 寂しかった
彼に手を伸ばした瞬間、彼の顔が歪み吹き飛んだ。
彼を殴ったのは、見たことのない様な怒った顔をした彼だった。
「俺はそんな事言わない!!」
初めて彼に怒られた。
・・・
282.「模写はあまりしない方がいい。
あまり上手いとその絵柄から俺たちを乗っ取って勝手に描いてしまうんだ。
絵への思い入れが強い画家ほどそうなる。俺も、俺の描いている絵が自分の意思で描いているとは思えないんだ。俺の手は、誰の手だ?」
2代目ゴッホと呼ばれるアーティストの言葉。
・・・
283.俺はよく正夢を見るのだが、最近は過去の夢を、それも過去が変わる夢を見る。しかもそれをみると現実の過去がその夢と同じように変わるのだ。
例えば怪我をする。後日怪我をしない夢を見る。すると本当に怪我が無くなっている。
今一番怖いのは、自分が死ぬ夢を見たらどうなるかという事だ。
・・・
284.彼女とバーで飲んでいると、
「お客様」
とマスターが呼ぶので顔を上げた
瞬間、俺は真横へ飛んでいた。
突然の猛烈なビンタ。
「なっ…!」
「あちらのお客様からです。」
マスターの促す先を見ると、鬼の様な形相をした妻が立っていた。
・・・
285.ある日から目の端に足が写り込むようになった
初めは怖かったがその裸足で汚れた足は何をするわけでも無いので次第に慣れていった
しかし最近、どうもその足が両足とも右足な事に気が付いた
もしかしたら俺に憑いているのは幽霊ではなく、
人の形を真似た化物ではないのだろうか
・・・
286.初夏の暖かな風の吹く頃、あの山へ登る。
天辺の開けた場所で待つと、スゥと涼しい風が流れた。
それが合図だ。
ごうと、音が鳴っただろうか。
無限の空に、突如大きな鯨が何匹も群れを成して通過する。
きっとこれは、今年の鯨の亡霊達。
自由の権化のような群れを見送って、僕の一年は始まる。
・・・
287.無人駅の錆びた伝言板に「何処なの?」と書いてあった。
ほんの悪戯心、僕は「此処にいるよ」と書き足して背を向けた。
カラン
チョークが転がる音がした。
「私も此処よ、どこにいるの?」
相変わらず誰もいない駅。
今にも泣き出しそうな走り書きの文字は、しだいに薄れ、消えてしまった。
・・・
288.最近よく夢を見る。
それは日常生活と変わらない夢だ。
起きて支度して、仕事へ行って帰って寝て、土日は遊んで、少し現実と違うが喜怒哀楽のある普通の日常だ。
よくある話だが何方が本当かわからなくなってきた。
でもまあ、君が生きているこっちが本当でいい。
今日も僕は夢へ帰る。
・・・
289.君が死んでから、僕の周りに虫が現れるようになった。
「あの子の生まれ変わりかもね」
お母さんがそう言ったから、僕は虫を潰した。
虫なんかになってないで、早く人間に生まれ変わってくれよ。
頼むから。お願いだから。
・・・
290.足が重かったのだ。
生前から動かなかった僕の足は、先程の事故に巻き込まれ千切れた様だが、
その途端、僕の体は浮き出した。
不思議と痛みも無く、僕は初めて手にした自由な移動を楽しんでいる。
下には泣き声や叫び声、救急車の音が響いているが、まあ、どうでもいい。
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