221.神の前で手を組む私に誰かが言った。
「加害者は一生加害者だよ。
その後どれだけ償い詫びようが、その罪悪感は、その過去はお前を呪う。
その身勝手な神頼みが全てだよ。」
息が吐けない。
振り向くと、私の大きな影があるだけだった。
・・・
222.コーヒーが零れなかった。
手から滑り落ちたカップは陽気に浮かび、コーヒーは宙に漂った。
これは零れていない。
セーフ寄りのセーフだ。
我関せずと泳ぐコーヒーはクラゲの様で見ていると案外楽しい。
故障した四畳半の宇宙船で一人きりの僕は、新たな友人が出来た。
・・・
223.その夜は確かに降っていたのだ。
「なんで濡れてるの?」
店長が驚いた顔で聞くので、
『雨が降ってたからですよ』
僕は鞄を拭きながら言った。
「こんな月夜にかい?」
驚いて外に出ると雲一つなく地面も濡れていない。
手元を見ると僕は傘を握っていた
買った覚えのない、真っ赤な傘だった
・・・
224.夜道を歩いていると、街灯の下に仮面を付けたピエロが立っていた。
満面の笑みの不気味な仮面だ。
体が動かなくなった。
ピエロがゆっくり仮面を取る。
その下は真っ黒だった。
そしてその仮面を俺の顔に付けて…
「最近明るいね!」
戯けて笑っていれば明るく見えるのか。
それは俺じゃない。
・・・
225.ワインセラーが開かなくなった。
中からバサバサと、羽ばたきのような音がする。
泥棒かもしれない。
ガチャガチャと取っ手を回すと急に開いた。
そこに誰もいなかった。
ただ純白の羽が一枚落ちていた。
余談だが、その年の出来は過去最高であり、また何故か「天使の分け前」は通年の倍であった。
・・・
226.立派なバラの蕾が出来たのだが、いつまで経っても開かなかった。
それから十カ月を過ぎた頃だろうか。
不思議とその蕾は開かず枯れる事もなく居たのだが、遂に花が開いたのだ。
花弁が旋回し、そこには羽の生えた、小さな女の子がいた。
気が付くとその子は消えてしまった。
後には香りだけが残った
・・・
227.手首を切った。
全てが喧しく、また全てに否定されたからだ。
カッターが食い込み深い線を作った。
「死にたくないなあ」
弱々しい声が聞こえたのは、その傷口からだった。
嗚咽をあげ、赤が滴る。
その傷口がなんとも可哀想で、悲しくて、「私が私を守らねば」
そんな決意をするには充分だった。
・・・
228.陶器のように白々とした肌を震わせ、またコホンと1つ、美しい乙女椿を吐き出した。
私はそんな貴女の背中をさすり、花を受け取って枕元へ並べる。
私は誰よりも上手に、貴女を愛せますよ。
そんな言葉の代わりに私の口から出て来たのは、悲しく赤い、彼岸花であった。
・・・
229.ゆっくりとこちらを流し見た君の瞳がどろりと溶けだし大粒の魂となって地面に落ちた。そこに現れたのは妖艶な彼岸花のような、はたまたグロテスクな肉の面。君の白い肌に浮きだったそれはまるで月と闇のようでとても美しく、ただ僕は服を吐瀉物で汚しながらその丸い闇を眺める事しかできなかった。
・・・
230.「最近の若者はすぐにパソコンへ逃げる!」
そう怒る老人の視線の先には、肉体を脱ぎ捨て、データ化された孫がパソコンの中に入って遊びまわる様子であった。
「まったく!」
そう言いながら孫の抜け殻を布団に入れるおじいちゃん型ロボットは、充電をしに部屋を後にした。
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