忘れる喫茶店

カランコロン

「おや、いらっしゃい。ご愁傷様」


そこは朝靄のように白い靄のかかった河原の傍にある、古い喫茶店だった。

カウンター席に座って辺りを見渡す。

コツ、コツ、と心地よく時間を刻む振り子時計に、見たことの無いが何故か知ったような植物が飾ってある。マスターの後ろ、カウンターの壁には色とりどりの美しいティーカップが並んでいた。店内にはアンティークらしい、赤い布の張った椅子が2対ずつ、これまた椅子と一緒にあしらったのだろう堂々としたテーブルを挟んで並んでいる。


「どうぞ」

僕に出されたティーカップは真っ白だった。

沢山の美しいカップがあるのにと疑問にも思ったが、まあそういうものだろうと何てことなく思えた。


中の紅茶は何かとても懐かしい香りがして、一口飲むと暖かくて、嗚呼、懐かしい。前世すら全て一つ残らず思い出せそうだ。

飲み干してふぅ、と余韻をつく。


その一息がティーカップかかるや否や、カップが染まっていった。

みるみるうちにカップは美しい模様を浮き出していく。深海のような青色に金色の唐草模様のラインが入ったフチ、同じく金枠の幾何学模様にジワジワと紅と瑠璃色が滲み現れる。

10分にも30秒にも満たない時間だったと思う。見入っていた僕は記憶が空っぽになっていることに気が付いた。


「出口はこっちだよ」

声がする。やさしい香りがする。ああ、戻るんだ。何処かに、しかし知っている何処かへ…


私は今回のカップを磨き、カウンターの棚へ並べた。

ここはテーレー喫茶。

記憶の最終地点。

走馬灯ティーカップのピリオドだ。

君達の記憶を、私は忘れない。


忘却の川の水で入れた紅茶を今日も丁寧に入れる。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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