「秘密の鍵を教えてあげる」
亡くなる間際、おばあちゃんはそういって私に教えてくれた。
「私の家の裏山に扉があるわ。そこに入りなさい。」
そんなもの、見たこと無い。
「大丈夫。貴方はもう鍵を持っているわ。」
葬儀後、私は一人抜け出し裏山へ行ってみた。
木苺、山ブドウ、すももが見える。
おばあちゃんはとても草花に詳しく、また愛していた。そんなおばあちゃんが素敵で大好きで、私はよくくっ付いていたのだ。
白い息を吐き、目を伏せた私の視界が突然、一層に暗くなった。
驚いて顔をあげると、そこには見たことも無い、そしてさっきまでは確実に無かった扉が不自然に立っていた。
その扉は薔薇の模様の美しいステンドグラスの張られたもので、裏を覗いてみようにも木々が壁のように組み合い、覗けない。
そうっと扉を開けてみると、鈍い音を立てて私を受け入れた。
そこにあったのは花園だった。
コスモス、金木犀、彼岸花、桜、マーガレット。
一緒に咲く筈のない色とりどりの花々が咲き乱れ、その庭の真ん中には大きな井戸がある。その井戸は常に湧き出ているのか溢れており、地面に敷かれたタイルの溝を伝って花へと届けられている。
空は晴れ、蝶が舞い、暖かい。春の様だ。
「どちら様?」
唐突に声を掛けられ、振り返ると、私と同い年ぐらいの女の子がいた。
しいて言うならとんがり帽子と黒いローブを着ている所だろうか。
「おばあちゃんに、教えてもらって・・・」
「ああ!あの子ね!あの子は・・・あぁ」
私の恰好を見て何か気が付いたのか、黙ってしまった。そして顔をあげ、
「私は春!あなたは?」
「私は・・・」
それから私はおばあちゃんの話をした。同年代の子と話すにはもっとふさわしい内容のものがある事は分かっていたが、なんとなく、今ここでそれらの話は正しくないように感じたし、その子も静かに話を聞いてくれた。
またその子は植物の話をしてくれた。薬になるもの毒のあるもの、食べれるもの食べられないもの、育て方に季節の話、花の名前に由来や花言葉、
何を聞いても全て返してくれて、まるで私のおばあちゃんの様だった。
突然泣き出した私に、春ちゃんはそっと寄り添ってくれた。
「また来るね」
「いつでも来てね」
そういって私は花園を後にした。
それから私はおばあちゃんの家に行くと、おばあちゃんのお墓参りをして、その次に春ちゃんへ会いに行くという一連の流れが出来た。
その場所はいつも晴天で暖かい。どんなにこちらが悪天候でもだ。
その事と、春ちゃんがいつまでも出会ったときの姿のままなのは、私にとって心底どうでもいい事で、関係のない事だった。
そんな春ちゃんが少し大きくなった気がしたのは、私がお婆ちゃんになった時だった。
私はもう、鍵の渡し方を知っている。
私の傍で私の手を握る孫へ。
私の愛する友人を。
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