約半年の『』

昔、俺の家には『もどき』がでた。

最初は猫だった。

家で飼っている猫が脱走し、1人で一生懸命探し回っていると「どうしたの?」

と妹に声を掛けられたので、理由を話すと「ずっと家にいる」という。

そんなばかなと家に戻るとソファーでぐっすり眠っていた。

今日は一度も外に出ていないというし、「もしかしたらそろそろ死んでしまうのか?」

と思いそれから一週間ほど猫にべったりくっ付いていたがまったくそんなことは無く

今も元気いっぱいだ。


それから我が家では『もどき』がたまに出るようになった。

そのもどきは単語しか話さず、しかし害はない。

そして俺の前以外には現れない。

父の恰好をしたもどきが「お腹減った」と言ったり、母の恰好をしたもどきが「寝る」と言ったり、我が家で衣食住を満喫している様。


しかし一度、友人が家に来て「ちょっとトイレ」と言い、部屋から出てすぐに「ただいま」

と戻ってきてお菓子を食べ、一時間ほどゲームをした。

その友人は結構喋るタイプなのだがその時は喋らず、ずっとニコニコしてゲームをやらずに見ていた。

そしてまた、しばらくするとスッと立ち上がり「トイレ。ごめんね」と言って部屋から出ていき、すぐに戻ってきた。

「もどったぞー!」と騒ぐ友人をみて少し不審に思い「お前さっきからトイレ早くない?」と言うと「何言ってんだ?」と言われた。そして携帯の時間を見て「あれ!?もう6時!?」

とまた騒ぎ出した。

どうも友人が言うには「トイレは一回、5分ぐらい。なのに1時間ぐらいたっている」

という。でも実際は「トイレは2回、行ってすぐ帰ってきてる。一緒に遊んでいた」

まさか。『もどき』か。

友人には言わず、また今度泊まりで遊ぼうと声を掛けてその日は終わった。

もしかしたら、『もどき』は遊びたかったのかもしれない。


それから一週間ぐらいした頃。

朝、妹が「おはよう」と声を掛けてきた。

「うん、おはよう・・・」


「お前、もどきか?」

なぜかその言葉が口からでた。

見た目は完全に妹なのに、考えるより口が先に動いた。

自分は何を言っているんだ!はっとして妹を見る。

妹は驚いた顔をしていた。

「・・・・ばれちゃったかぁ」

困ったような、照れのような、寂しいような、そんな顔をして妹は消えた。


俺に『妹』は居ない。亡くなった兄妹もいない。

でもあの日、猫が脱走した日から『妹』が居て、それを認識していた。

行ってらっしゃいと言った後、『妹』が無事に行けますようにと見送った。

おはようと言って顔を合わせ、おやすみと言って良い夢を見るように伝えた。

「おにいちゃん」と言われ、『妹』を認識をした。


あれから1年がたつが、もどき・・・妹は居なくなってしまった。

猫は元気だし、両親も変わりない。

ただ俺だけが少し寂しく、少し他人に優しくなった。

そして今でも妹がいつ戻ってきてもいいように、御飯は少し多めに作っている。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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