爺様は、御年93才。 20代から80過ぎて足腰が弱るまで猟に出てた。
猟といっても職業でなく、冬季の猟期のみ趣味と実益を兼ねてらしい。 その筋では結構有名な爺らしく、20年近く地元の猟友会長をやってた。
んで、彼岸に墓参りに帰った時、洒落怖で気になった話を聞いてみた。 半惚けなんで聞き取るのに非常に苦労したが、そういう物はおったとの事。
地元では『鬼猿(きさる)』とか『食猿(くいざる)』とか呼ばれていたらしい。
昔から、猟をする連中の間で先輩から教えられている。 「ここいらだけでなく、そんな物は山じゃあっちこっちに居らあ」と言ってた。
別に定期的ってわけではないらしいが、何年かおきに獲物が居なくなる地域がでる。 そんな山に入ると、まず連れている猟犬が異常に怯えるので、何となく判るという。
また、奴に近づくと、獣臭とはあきらかに違う血生臭さを感じる。 姿は大体が猿だが、熊や猪の場合もある。奴らは仲間でもなんでも皆食ってしまう。 そんな時にはすぐ山から出て、そこら一帯の山は2~3年あきらめろ。 もし山に入っても、そこで獲った獲物は触るな・持ち帰るな、触ると移るぞ、と爺様は教わったとの事。
爺様が実際にそれらしき物に遭った時はまだ40代の頃。
猿だったという。
教えられたとおり犬は騒ぐし、近くに獲物は居らず、臭かったという。 近くに普通より一回り大きい挙動不審の猿がいて、 これがそうかと思った途端に怖くなって、直ぐ山を降りたそうだ。
「なんで猿なのか」と聞いてみたところ、 「猿は群れるから、しばらく食う物に困んねえからかな」って笑ってた。
爺様の所には、今でも後輩から猪・鹿・熊肉などが届けられていて、たまには山の話が集まってくる。 60才位までは、どこの山に食猿が出たとかいう話がちらほらあったというが、 ここ30年位全く話を聞かなくなったという。
これは爺様と俺の推測だが、爺様は「町の馬鹿奴等が連れてったんじゃねえか」との事だった。 爺様の住む村も年々過疎化が進んでおり、村の猟人口も減少する一方である。 それに反して、村から出ていった者の伝で、猟に参加させて欲しいという申し込みがどんどん増えている。
詳しくは判らないが、猟をするには地元の住民でも、各々テリトリーが決まっており、 地元住民と同行しなければ許可されないらしい。 最近は地元住民でさえ、爺様連中の話は迷信と考えて、小馬鹿にしたような態度をとるものがいるというから、 そいつらは町の連中にこんな話をしないだろう。
話を知らない者が、山に猟に入り散々獲物を探し回った挙句、やっと獲物を見つけたとしたら、 喜んで仕留めるだろう。 猿だったとしたら、おそらくあきらめるだろう。 爺様も、「猿は人間に似ているから撃ちたくないない」と言っている。
だが、猪や熊だとしたら喜んで持って帰るんじゃないか?
「人間に移ったらどうなんの」と聞いたら、
「俺も見たわけじゃねえから判んねえよ。おんなじようになるって事だろ」と言われた。
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