平成生まれのコージ君

元号が平成に変わった翌日、だったと思う。当時厨房だった自分は

高校入試を控えていて、新宿の住宅地にある塾にいつものように通っていた。


対面から母子連れが歩いて来る。

子供のほうは二歳くらいの男児、母親はうろ覚えだがたぶん20代後半くらいだった。

その男の子があんまり可愛かったんで、自分は勝手にその子に「平成生まれのコージくん」と名付け、

「コージくん、これからの人生強く生きろよ」などと心の中で励ましていた。

普段はそんなことしないけど、時代が変わった空気の

せいか一人で幼い子と手を引く母の姿に感慨深いものを抱いていたわけで。


その時は、何事も起こらず当然会話のようなものもなく、ただすれ違って終わり。

自分の中でもとるに足らない一時の遊びみたいな感覚だったが、

たまーに、本当にごくたまにコージくんのことを思い出しては、

今頃彼は小学校にあがったかなー、とかそろそろ中学で反抗期かな、

なんて想像をしていた。

ちなみに、コージくんて名前は当時ファンだった西武の秋山選手の名前から付けただけ。

よく考えたら、平成になった翌日のことなんだからコージ君は昭和末期生まれなんだが、

一人で心中で遊んだだけだから別にたいした問題ではなかった。


コージくんのことなどほぼ忘れかけた平成17年の夏、仕事で神戸に滞在

していた自分は、コンビニで煙草やジュースを買った。

レジの茶髪の若い店員が、「○○円になります」と対応してくれる。

品物を受け取り、その場を去ろうとした瞬間、レジの若者が

こっちに向かって笑いながら

「どーも。平成生まれのコージです」

と言ってきた。


一瞬、頭の中が???状態になって立ち止まった。

が、その後すぐに、「あ、あ・・あ、どーもー」と愛想笑いを

浮かべて逃げるようにコンビニを出た。


自分は、親にも友人にも、誰にも一切コージ君の話はしていないし、

誰かが知るよしもない。まして見ず知らずのコンビニ店員が

なぜ自分に、そんな挨拶を唐突にしてきたのか?いまだにわからない。

唯一の後悔は、なぜその場でもっと店員と話さなかったかということだ。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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