遺伝した記憶

数年前、実家で甥っ子や姪っ子たちとトトロを観ていた。


「そういや、うちも昔はこんなお風呂だったよねぇ」

と俺が言うと、何故か家族全員がきょとんとした顔をする。

「ほら、真ん丸い五右衛門風呂でさ。スノコみたいなのを踏んで入るの。覚えてない?」

「兄ちゃん、どこでそんなお風呂入ったの?」

と不思議そうな妹。両親も似たような表情で俺を眺めている。

「何を言ってるんだ、お前は?」

「いやいやいや!この家、昔はすげーボロ家だったじゃん」

じれったくなった俺は、その辺にあったチラシの裏に間取りをスラスラと描く。

「ここが凄く狭い廊下で、その先が土間になってて、土間のすぐ横が風呂場で…」

「ちょっと待て」

父親が描きかけの空白部分を指差して言った。

「ここには何があった?」

「えーと…井戸があって、ポンプが一日中ウンウン音を立てて動いてた」

俺は井戸の印に円を描き、そこからパイプを家の外に向かって伸ばした。

「確か近所に住んでた鯉飼ってる人の家に売ってたとか…。あれ?」

そこで奇妙な感覚に陥る。

スラスラ描けるほどはっきり覚えていた記憶が、描くそばからほろほろとあやふやになって行く。

「それ、誰に聞いた?」

「誰って、爺ちゃん…。あっ!」

祖父は自分が生まれる前に他界していた。

「確かに昔は五右衛門風呂だったし、井戸の水を近所に送ってた。だけど、お前が生まれた年に建て替えたんだぞ?」

「え? あれ?」


すっかり描き上がった古い平屋の見取り図は、もう記憶から消え知らない家になっていた。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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