ショートショート1391~1400

1391.死んだら一緒に最果ての海でダンスを踊ろう。もう意味を失った恋を置き去りにして愛だけで存在しようよ私達、祈る君の横顔だけが走馬灯に映ればいいのに、世界が少し邪魔すぎるから報われない。草木も眠る丑三つ時、墜落死した天使は月明かりに溶かされ、眠らない私を置いて羊達はゆらゆらと踊る。

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1392.明け方、散歩すると霧深い変電所の中を古代魚が泳いでいた。「今朝皆が見た夢の残滓ですよ」と声がして見ると変圧器の上に釣人がいる。どうもその人は商人で今日の様な夜明けには夢を釣りに来るらしく、「一匹どうぞ」と別れ際に網からくれたのは一冊の本で、夢の商人に出会う人の物語が書かれていた。

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1393.月を拾った夜、扉を開けると檸檬がいた。「ラジオを聴きに来ました」と言うので部屋へ連れてゆき先程できた月製鉱石ラジオをつけると、淡い炭酸が弾ける様な音と共に機械音に似たどこか懐かしいリズムだけが流れ出し、ホットサングリアを飲みながら月明かりの深海にて、黄色い香りだけが夏に似ていた。

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1394.金の輪を拾ったので交番へ行くと輪のない天使がいた。お礼の羽根を手に歩くと猫が欲しがり替わりに踊ってくれたので一緒に踊りながら進んでいるとそれを気に入ったお月様が歌いだし、この奇妙なカーニバルを見た神様がお礼にくれた大吉のおみくじには「待ち人来る」と書いてあり、道の先には君がいた。

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1395.世界一美しいとして君の遺書が展示されたのだが、その中に出てくる『君』が私だと知っている人はいなかった。「お待たせ」と君が言い、早かったと私は思う。この手紙で一番綺麗なのは君の名前で、「とりあえず深海でも歩いてみようか」と私達は手を繋ぎ、月に照らされた遺書の前には、もう誰もいない。

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1396.月明かりに街が沈没した。長年染み込んだ月明かりがこの窪地に溢れたらしく、住人達は順応なのか私含め一晩で人魚に進化したのだが、噂ではここの人魚は死んだら月に帰るという。と君に伝えたのは三百年前で気付くと私は月面を泳いでおり、側には君の名前が入った土地購入の看板がぽつりと建っていた。

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1397.夜の底が抜けてしまい、偽物の三日月達が散らばる中を私達は落下していく。「今日の夢が重たかったのだろうか」と呑気そうに悩む君の少しだけ冷たい手は私の体温に溶け込んでしまいそうで、取るに足らない話をしながら加速していく私達はいつの間にか光りだし、誰かがそれを彗星と呼ぶのが聞こえる。

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1398.眠れない私を置いて羊達はゆらゆらとシティーポップを踊り、私は青い夜の隅で傍観者に成り果てる。天誅。黄色い時限爆弾を設置したテロリストは真夜中に浮かび上がり詩の余白には魚が泳ぎ続けるから私達は永遠色は透明だと思ってしまって、揺れる月明かりの中沈む林檎はもう神様を知っている様だった。

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1399.映らないとしてジャンク品となっていた手鏡を開くと鏡にはぽっかりと月が浮いており、以来目の端に誰かが映る様になった。直視しようとすると消えてしまい、ある夜ベランダの椅子にいたので二人分のココアを手に隣に座り一緒に月を見ていたのだが、いつの間にか姿はなく置いたコップは空になっていた。

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1400.月夜の坂道で黒い獏に会った。「私達は欠けゆく月の黒い所でしたが溜まった重さで垂れ落ち、しかし幽霊にもなれないのでこうして生き物の真似をしてるのです」と言った先には同じく月明かりに染まらないキリンやライオン達がゆっくりと歩き、ガードレール下の街では首長竜が静かに月を見上げていた。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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