ショートショート 1301~1310

1301.世界から喪失した君は神様に並ぶ大きな噂話となった。鬼灯に毒を仕込んだ要因から新しく世界を作った話まで、信仰宗教では君が司る南側にタルトを捧げる祭壇が作られており、誰も君が靴下を脱ぎ捨てる癖がある事も、スマブラでズルする事も知らなくて、私は一人無宗教のまま北側でタルトを食べている。

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1302.博物館のガラスケースで眠る石板には私が君に宛てた手紙が綴られており、未だ解読されていない君の名前が世界一短い詩だとして君を知らない誰かが愛し始める。それが嬉しい事なのか腹立たしい事なのか未だ私にはわからないけれど音を失くして唯の記号となった君の名前は、それでも変わらず美しかった。

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1303.白タイルだけを踏んでいるといつの間にか知らない町に来ていた。見た事のない程大きな満月が浮かび、下の長テーブルにはお茶会の用意がされている。金平糖入のミントティー、クッキーやタルトを食べているうちに気付けばタイルは全て夜色に変わってしまい、月光を浴びすぎた私は幽霊の様に透けていた。

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1304.街中が停電になったので電力会社に向かう。月光が産む影絵にはいつか見た夢達が音のないのカーニバルを催し、誰かの痕跡だけを残した水門、彗星にひっかけられ飛んでゆく幽霊などを見送り、遂に辿り着いたので扉を開けると仄かに輝く蝶達が一斉に飛び去ってゆき、その途端、街に明かりが戻っていった。

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1305.解体新書を枕にすると波の音が聞こえるのだが、私にはもうそこへ帰る方法がわからなかった。死んだ海達を並べます。貝殻、珊瑚、瓶詰めの塩。昼下がりの陽は緑色で、息をしている振りをし続けた私はいつか罰と赦しの間で溶けてしまいたい。都会と質素、原罪と幸福、古代の海、願い、進化と、光あれ。

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1306.青い夜、家を抜け出し自転車で河辺に来ていた。こんなに明るいのに月は無く、ふと古びた団地を見ると貯水槽だと思っていた物がUFOだった事に気付いた。モーター音と共にそれは突然上部を開け、仄光る薄荷飴に似た物を掴んだアームを伸ばして夜へと嵌め込んだ。どうも月のメンテナンス中だったらしい。

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1307.霧の夜、白い自動販売機を見つけた。ボタンは一つで、試しに買ってみると出てきたのは表に月光色をした六芒星が描かれた白い煙草だった。咥えて火を着けると花火に似た音がして、薄荷が肺を締め付ける。思わず咳き込むと口から彗星が空へと飛び出して、晴れた夜の中、私は何かの記憶を盗まれていた。

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1308.月が死んだ日、地球では海の塩味が最初より少し増したのですが、それは人が生まれるよりも随分昔の話です。草木も眠る午前二時、変電所の中、鉄塔の林を縫って泳ぐ古代魚達に混じって私は報われないダンスを踊る。迷子になる為には、一体何を手放せばいいのだろうか。君の事はもう忘れてしまったよ。

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1309.物心ついた時から私はこの城に居たのだが、私以外誰もおらずあるのは無数の怪物の絵が描かれた本だけだった。そんな中、ある晩隠し扉を発見した。そこには上へと続く螺旋階段があり、月光射す窓を目指して登っていくと、そこには出口であろう扉と、鏡と、あの本に描かれている怪物が映っていた。

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1310.招待状と書かれた封筒が届いた。中を開けると折り込まれた小さな紙がパタパタと形を変えて月へ続く階段となったので上がって行くと、そこには小さな美術館があった。誰もいない館内、大きな窓から静かな青い光が射す廊下の一番奥には、いつか私が夢の中で描いた黄色い大きな満月が額縁に飾られていた。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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