1281.今年も絵葉書が届いた。真暗な星空に白く輝く地面と、地球にない黄色い花が疎に咲く三色の写真。差出人はなく、住所には「月」と一言書かれたそれは仄かに薄荷の香りがする。その夜、私は屋上にて回光通信機で月に向かって返事を出した。随分と上手くなったモールス信号に乗せ、最近読んだ詩を歌った。
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1282.私が彗星だった頃、今より沢山の物を見ていたのに言葉も色の名前も知らなかった。喪失だった雪は白、宝物だった海は青、温もりだった山は緑と習う度に思い出が特別ではなかった事に気付いてしまって、それでもさよならの色が24色鉛筆の中に無いと知っている事だけが、思い出の為に出来る事だった。
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1283.少年の一番最初の星空は
ラピスラズリになりました
少女の一番最初の春風は
ローズクォーツになりました
繊月の一番最初の微睡みは
ムーンストーンになりました
海象の一番最初の曇天は
ラヴラドライトになりました
氷山の一番最初の稲妻は
デンドライトになりました
これら全て、夏の果てにて展示中
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1284.その森の奥には四角い廃屋があった。青い光りが漏れ出す鍵穴から中を覗くと壁一面に繰り返し、壊れた映写機の様に同じ映像が広がっており、それは水没したコンクリートの隙間を古代魚達が泳ぎ縫う様子だった。決して見る事が出来ない世界は夜明けと共に消え、表札を見ると「月の夢」と書かれていた。
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1285.アンドロイド達の中で密かに流行っている「涅槃寂静」という違法アプリは簡単にパフォーマンスを上昇させアンインストールすれば負荷軽減と言うが、根底はウイルスの為不調が現れまた入れてを繰り返し最終的には壊れてしまうという。今の所それを使ったアンドロイドがどの六道へ行くかは分かっていない
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1286.月光に焼かれ白く透けてしまった私の事を、一体誰が幽霊でないと証明出来るだろうか。潰れた科学館や北極、砂漠、遺跡、廃墟、光に溶かされながら世界の死んだ所だけを順番に巡っていく。そうして辿り着いた夏の果てでは今日産まれた鯨の月が睡蓮から生まれる所で、それは運命共同体だと誰かが言った。
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1287.君の化石を見つけた。小指らしいそれは砂糖菓子の様で、内緒で口付したが一つの味もしなかった。パーツを付ける時には必ず傷口から硝子に似た音がするのでそこから生まれた星がどこかに有ると信じてしまい、寂しいからと未だ揃わない肋骨内で君が育てている姫林檎だけが、永遠から外れている様だった。
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1288.その山奥にある潰れた植物園には、「人魚が脱走しました」という古い張り紙がされている。
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1289.午前四時。少女達の聖戦は終わり、透明な王国はとても永遠そうにみえるのだが、それでもいつか消えてしまうらしかった。月とは、見終わった夢の墓標です。さよならノンレム睡眠、次は思い出で会いましょう。東雲の空に明け残った天体達が微睡む。歩道橋にてワルツを踊る、愛を覚えたての人。午前五時。
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1290.サイボーグだった君が死んだ。不治の病に侵され、内臓から骨まで延命措置で作られた君が内緒だよと言って、継ぎ接ぎされた背中にある電池ふたを見せてくれたのは夏だった。「燃えません」と残されたアルカリ電池は君がコンビニで買ったもので二本でたったの20g。君と呼ぶには、あと1g足りなかった。
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