1241.愛とは与える事だと知った日から、オットセイは愛するもの全てに名前を付けた。水死した蝶は「微睡み」海底の月明は「許し」白化した巻貝は「優しさ」曇天を切った彗星は「幸福」と、走馬灯への招待状の様に付けていく。そんな夜には必ず青い夢を見るのだが、その夢の名前はまだ決まっていないという。
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1242.卵の化石が見た夢はいつか等身大の亜宇宙を秘めていたが、ある一匹の学者が研究の為に開けた穴のせいで全ては死んでしまったよ。人間が捨てた非対称供を片っ端から愛する神様へ、空には魚の骸が泳ぎ、地には影が這いつくばる世界でも虹は美しく、忘れる事に慣れてしまった私達は何時迄も綺麗なままだ。
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1243.ある科学者が不審な失踪を遂げた。
研究室の机には「人間薬の仮定と解毒方法」と書かれた論文があったのだが、後半になるに連れて解読不能、この世のどんな文字にも当てはまらない言葉になっており、側には昔ある小説家が書いた「人間用人間変身薬について」という論文形式の作品が置いてあった。
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1244.「あれを私の墓標にしてね」君が月を指差しそう言った。振り返った顔は月影に沈んで見えないが、きっとあの顔をしていただろう。そうして目が覚めた時、君が存在しない事を思い出した。君は一体誰で、何故花も届かない私の月を奪ったのだろうか。顔も思い出せなくなった「君の墓標」は、今日も美しい。
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1245.その人気のない科学館の奥には瞳を閉じた古いからくり人形が展示されているのだが、壊れているのか誰も稼働した所を見た事がなく、ただ作品名が「地獄」という事しかわかっていない。
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1246.愛が何か知らない人間達は二人1組になって及第点を擦り合わせるから、私達にお互いが必要で無い事は冬の最果てにでも閉まっておこうね。私は君の手探な言葉に耐えるので、どうか早く私の不要性に気付いて欲しい。夢で見せた君の視線はどれよりも美しく、全てが虚しい朝、保存の効く言葉は要らない。
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1247.私が本を読む理由は死後に貴方を思い出してなんだかんだ楽しかったなんて過去改変を行いたくないからですよ。そんな隙は与えてやらない、私は私の集めた世界で眠り続けてやる。精々私が永遠にいると思い続けていればいいよ、シェヘラザードの見る夢は、紫色の空の下、月を盗んだ子供の涙を知っている。
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1248.夢を観測する事に成功した。
被検体10人に装置をつけて眠らせると次第にテレビは各々の夢を写し始めたのだが、ある一人だけ異質な夢を見ていた。この部屋の、私の後ろ姿が見えている夢だった。いわゆる正夢の類だろうか、証言を取るため、私は装置の電源を切っ
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1249.古いプラネタリウムを開けると中から偽物の夜が溢れ出した。慌てて教卓へ飛び乗った私達を外へと追いやり、街は瞬く間に夜で満たされていく。グラウンドでは生徒達が各々何かに捕まって漂流し、流れてきたボールをゴールへ投げると審判が「反則!」と笛を吹いたので、つまらない奴だと君が笑った。
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1250.その水族館は夜間生物達を解放していた。水槽を繋げる管を開き、夜だけ全ての交流を許す。アシカとラッコは星を数え、イッカクの角は歌を鳴らし、制帽を被ったペンギンが塀を越えて動物園へ行った。どうもイルカが綴った手紙を虎へ届けるらしい。空ではホオジロザメの骨格標本が星座を捕食する所だった
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