921.その魔女と友人になる者は、みな寂しがりだった。富豪も野心家も、貧者も敵も猫でさえ寂しさを抱えていた。その度に魔女は内緒で魔法をかけ、彼らに一番の存在を引き合わせた。疎遠になった彼らはきっともう、寂しくは無いだろう。
「貴方も早く、私が必要で無くなるといいね」猫は返事をしなかった。
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922.その居酒屋の品書きには、刺身やつまみに混じり、人の名前が連なっていた。これを、と注文すると「どこの部位にしますか?」と言う。疑問に思いつつタンを、と出てきたのは食べた事のない味のものだった。
翌日また店へ行くと客は居らず、そこには自分の名前が書かれていた。
鍵の閉まる音がする
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923.少年達を取り巻いていたソラチネはいずれ輪になり、セピア色の空を仰ぐだろう。運命へ自由落下する我々は争う術を知らず、その憂いさえ美しいと信じている。不老不死を願わなくなったのは、月に手を伸ばさなくなったのはいつからだろうか。
当事者になれない私は、幼い自分の顔さえも思い出せない。
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924.「名前を付けて下さい↓」
ある路地にてそんな札と、下には後ろ姿の女性が写る、白黒の古びた写真が貼ってあった。
だから私は悪戯心も相まり、ペンで『きみこ』と書いたのだ。
だが翌日、「きみこさんって知り合い?」と同僚から問われ、その日から私の周りで『きみこ』が私を探し回っている。
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925.質屋で月を見つけた。
海水の満ちたガラス瓶に入ったそれは、昔とある苦学生が売った物らしい。五百円玉程の大きさで、真珠とも薄荷飴とも言える、とても優しい月だった。「余程君は愛されていたのだね」僕の月は何色だろうか。瓶詰めの月は今、僕の大きな月灯りと共に部屋の窓辺で輝っている。
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926.物語の中、少女が月の明かりを留め、螺旋階段として上って行く。「幽霊が、彗星に攫われてしまったの」虫取り網と、金魚鉢を携えて、雲を抜け、星を抜け、川を越えて、ターミナルへと辿り着く。「百年待つわ。百年なんてすぐだもの」握る星図は少し涙で濡れています。
物語の百年はあと何ページ?
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927.その割れてしまった蛍石は、かつて願いだったものでした。
断面は十一月の午後五時に展開する溶けるトワイライトに似ており、とくとくと銀色の水が流れます。それは本当に天の河だったのですが、誰も止められる人は居ません。『北極の、夜を映した海の様』少女はぽつり呟いて、一粒涙を流しました。
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928.思い出を売って、宝石を買いました。深い藍色は夜を照らす程のスペクトルを辺りに散らし、その飛び切りな美しさはとっくに他人事の様です。
私はなんの思い出を売ったのでしょうか。『○○』とは、思い出せない名前です。今日も宝石は角燈の中、走馬灯に似た輝きを、ちかり、部屋の影に鎮めている。
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929.ポケットから出てきたのは、素敵に赤い林檎であった。
両手で包み、深く吸うと、いつか夏に飲んだサイダーの香りがチカ、チカと星と瞬き、その輝きは目から飛び出し天の川へと混じっていった。
目覚めると深夜の月明かりの中で、実態の無い香りの中、窓際の白紫檀の実が一つどこかへ消えていた。
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930.出店で買った夜空に、一粒の白星が混じっていた。『Don't Drink』海岸にて一人、彼女はぐいと飲み干した。
さあ夜とは常に一つです。導入の流れに続き、瞬く間に口から夜が入り、溢れ、回転し、圧縮し、少女は夜になりました。後に残った寂しい白星はころり転がり、海にだけ映る星となったのです。
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