641.地球が水で満たされて、土は記憶から消えました。生きているのは電気とコンクリイトと、ほんの少しの人間で、世界はそれでも回ります
夜になると水面と夜空は混ざり合い、浮かべた船に寝転び、ああこのまま地平線から溢れてしまえばどんなに気持ちが良いかとも思うのですが、僕は今日も生きています
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642.海宛に書いた恋文は、たしかに濡れてはしまったが、海は大事に持っていて、すっかり真珠となったそれを、海は返事に渡したいのだが、そうするには時間がかかりすぎたため、海は今でもその真珠を大切にかくしています。
海にあいされたひとのはなし。
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643.その廃遊園地のおばけ屋敷には鳥居がある。鳥居があるからには其処は神様がいる場所であり、しかしここには人がいないのだ。
人がいてこその神様で、人がいなければ名無しの何か。
人工物で作られたそれは己の名も人の姿も知らぬまま、ただこのススキが生え広がる廃墟の崩壊だけを見守っている。
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644.友人が「死にたい」と言ったので、感激した私は『最高の死に方を考えよう』と放課後、二人で不穏で素敵な内緒話をしていた。
『また明日』
友人の家の前で手を振ると、友人も手を振り明日を約束した。
帰り道、街灯の下で私は一人泣いていた。友人は明日も生きてくれるのだ。どうか君よ、生きてくれ。
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645.カーテンが揺れる
ベランダには妻がいた。そうだ、妻は月見が好きだった。私も椅子を並べ、空を見上げる
月を綺麗と言うよりも、貴女が好きだと言う方が手早で、何も言わずとも私達はわかり合っていた
妻の輪郭は白く飽和し、凡そ月のようだった。目を落とすと妻は居らず、その日は彼女の命日であった
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646.百物語を語り、蝋燭を吹き消すと一瞬の暗闇の後、もう一度火が着き返ったのだが、僕達五人に対し蝋燭が浮き立たせる影の数が異様に多い事に気が付いた。
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647.「何か一冊、足らない本があるんだ」これが口癖の彼の部屋は、本棚に囲まれ迷路の様だ。
ある日家へ向かうと鍵が開いたまま彼は居らず、入ると部屋の一番奥、読書用の椅子に本が一冊置いてあり、これが彼の言ってた本だと直感したのだ。
それ以来彼は行方知れず。完成した部屋は今もあのままだ。
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648.エメラルドの星を割った様な明るい絶叫はついに己を砕きました。
飛び散った破片は椿の葉の裏や、あの
田舎の川底、女生徒のゆびきり、恋文をかく鉛筆、空の裏側、彼の髪色に色をつけ、しんと眠り込みました。
だからそれらはいつまで経っても音沙汰がないのです。
とおいむかしの地球のはなし。
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649.「こうして青色と狼は、仲良く暮らしました。おわり」
彼女が寝言を呟いた。おわりというからにはおわりで、それ以外はわからない
『めでたしめでたし!』
彼女の口から子供の声の笑うがした。きっとこの子は青色だ。
めでたしというからには、きっと青色と狼は彼女の夢を越え、二人歩んで行くのだろう
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650.私が投げた匙は猫が拾ったが肉球が邪魔で滑って飛んだ。猫が飛ばした匙は狐が拾ったが梳かせぬ櫛は要らぬと捨てた。狐が捨てた匙は狸が拾ったがどうするか悩むうちに忘れてしまった。狸が忘れた匙は犬が拾ったが棒と間違え穴に埋めた。犬が埋めた匙はやがて木となりコツン、小さな木の実を私に投げた。
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