601.目が増えてしまうような気がした。幾何学模様の影絵では、猫背の犬がガラスに謝罪をしていた。その時の感情はひどく無意味なもので、心以外に穴はあかず、いずれそれは星を透かす如雨露の穴になるだろう。
遠くで朝日が僕をみた。来ないからこその憧憬。
逃げなければ。退廃した、優雅な朝が来てしまう
・・・
602.「その妖怪って、こんな顔ォ?」
─いいえ
「続けますか?」
─はい
「それは夜だった?」
─ はい
「魚釣りに関係がある?」
─ いいえ
「蕎麦屋は…」
・・・
603.「今日は自習!…戸と窓の鍵を閉めとくように」
喜ぶ僕らと反対に、先生は他の先生と険しい顔をして何か話していた。
どうも何かを捕まえるらしい。
「こら!待ちなさい!どこの子だ!」
大勢の先生がグラウンドを走り回り、見えない何かを追いかけている。
大人にしか見えないらしい。
・・・
604.川にて、その女性は凡そ裸であった。
長い髪を濡らし、長い睫毛を一文字に、髪の先を見る大きな瞳の中に星が瞬いていた。
見惚れているとパチリと目があった。彼女はさっと水に潜ると姿を消し、あとは静寂だけが残った
彼女はひどく美しかった
特にこの場の色を制すような肌の青緑色と、甲羅の艶めきが。
・・・
605.「冷蔵庫の上に物差しを置くと無くしものが見つかる」
そんなおまじないがあった。
私も子供の頃よくお世話になり、また私と相性が良いのかこれが不思議とよく見つかるのだ。
「ありがとう」
懐かしさと申し訳なさを込め、いつ置かれたかはわからない、冷蔵庫上にあった物差し数本を回収した。
・・・
606.月に置き去りにされた私は、目覚めると地球の空を泳ぐ白い小鳥になっていた。地球の空気は澄み、体によく馴染む。
今までの事は全て夢だったのだろうか。しかし夜、唯一と光る月を見上げると、どうしても置いてきてしまった私の体の事を思ってしまう。
・・・
607.球根に言伝をして埋めると
「好きだ!君が好きだー!!」
翌年、そんな絶叫をしながらそのチューリップは咲いた。急いで摘み取ると「君が好きなんだ…」と切り口から言葉を零し、沈黙した
『誰が好きなの?』
顔を上げると君がいた
その後の言葉は、差し出した花から出たのか僕からなのか覚えていない
・・・
608.私は森で死にました。そこは私の腐敗を進めるには相応しく、身体が溶けていくのを感じました。私の骨から離れ、地面と同じ温度になりました。きっと、虫や植物を肥やすのでしょう。百足が骨を撫でます。
私の肺から一本の花がツゥと伸びました。苔生した肋骨には蜻蛉がとまっています。ここは平穏です
・・・
609.夢を見た。
雨の降る森の中、私は紫陽花のパスタを食べていた。青紫を散らしたそれは仄かに花の香りが鼻に抜ける。
私は少し気取りながら食べていた。相手は蝸牛であった。
「味はどうかな?」と聞くと「ええ、とても美味しい」と答えたので、それは良かったと、少し浮かれながら私はまた食べ始めた。
・・・
610.「私はとうの昔に死んでおり、真偽知れぬ幽霊だが、ここの学校で起こった全てのことは見てきた。
だから私はこの学校の真ではある」
屋上にて、文学青年の様な幽霊が言った。
『じゃあタピオカって知ってる?』と言って渡すと不気味がり、そして甘いと喜んだ。
今度は彼に、何を教えてあげようか。
0コメント