吠える犬と這いずる子供

小学校低学年の頃、学校から帰ると叔父がいた。

叔父は青ざめてて生気がなく、俺の顔を見ても「おかえり」としか言わない。

叔父は山梨の山の麓で嫁さんと二人暮らしのサラリーマン。

小学生が帰っている時間に都内のうちにいるのはおかしい。

子供心になにかよくないことがあると思って聞けなかった。

夕食。叔父も父も母も妹も、一言も喋らずに黙々とご飯を食べた。

突然叔父が箸をおいて口を開いた。こんな話。


一週間ほど前、

「うちの犬が毎日昼の決まった時間になると狂ったように吠えて、ご近所に肩身が狭い」

と嫁さんが言い出したらしい。

叔父は「犬には犬の社会があるんだよ」とテキトーに流した。

それからも犬の奇妙な行動は続いたらしく、少し恐くなった嫁さんは昼時には家をあけるようになった。

叔父はくだらないことで脅える嫁さんに腹が立って、

今朝「今日は早く帰ってくるから、家にいろ」と言って家を出た。

昼前に会社を出て、嫁さんの言う午後1時頃に家につくようにした。

バス停から田んぼだらけの田舎道を家に向かって歩いていると、なるほど、気の狂ったような犬の鳴き声がする。

威嚇するような、おびえるような声。

面倒臭い、とため息。


遠目に家が見えてきた。と、なにかが庭を走っている。

犬が吠えてる相手かな?キツネか?タヌキか?と足を速めるが、ぴた、と足が止まった。冷や汗が吹き出る。

庭を走りまわっているのは子供だった。和服を着た小さな子供。

走り回るというか滑るような感じで、家の周りをぐるぐるぐるぐる回っていた、らしい。

振り回してる腕は、ビデオの二倍速のように速い、不自然な動きだったらしい。

化け物だ!と思ったが、常識人の叔父はにわかには信じられず、遠目に何か他の物ではないかと目を凝らしたらしい。

が、紛れもない青い(赤だったかな?)和服を着た子供だったらしい。

犬は子供に向かって狂ったように吠えていた。

叔父は嫁さんが家にいると知りながらも、どうしても家に近づく気になれず、

走って駅まで引き返し、とりあえずうちに来たのだと言う。

家に電話をしても嫁さんは出なかったらしい。


明くる日曜、朝一番に父が叔父を家まで送った。

幼心に、心配とちょっとした興奮があった。

昼前に親父が叔父の住む駅前から電話してきて、

『一応家までは送っといたよ。でも犬はもうおらんかった』と言った。

鎖も首輪も残して消えてしまったらしい。

親父が帰って、夕方ごろに叔父からも電話があって、

『**(オレ)話きいたか?

 犬には可哀相なことしたなあ。なんかオレのせいでどっかいっちゃった気がするよ。嫁さんも大丈夫。

 迷惑かけたなじゃあ、元気で』

って変な挨拶をされた。


この叔父とはこれっきり。

行事にもマメな人だったけど、それからなんの法事も葬式も出なくなった。

もう10年になるけど、家族であの叔父の名前を出すのはタブーになってる。

昨日妹と話したけど妹も覚えてて、二人で不思議がった。

恐い話じゃないかも知れないけど、叔父のこと思うとシャレんならん。すまん。

『子供』はなんだったのかなあ。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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